新・地震学セミナーからの学び
27 関東大震災で生じた相模湾内の隆起・沈降現象
関東大震災では相模湾内に大きな水深の変化があったようです。ライブラリー7で石本博士が紹介しているのが水深変化が200mを超えるというものです。それさえも西洋の学者は信じることができないという話を伝えています。今回会員の方から送っていただいた「大正震災志」という記録集にある水深変化図が下に示すものですが、400mの水深増加が記録されています。一読して、瓜生島沈没も真実味をもってくるような気がしてなりませんでした。
図中、青色の等高線は水深増加(沈降)を示し、赤色は水深減少(隆起)を示しています。それ以外は地震前の水深と変化が無かったことを示しています。この図面から読み取れることを述べてみます。

1.三崎(城ヶ島のすぐ沖)と浦賀の海岸付近で、ガスの噴出があったようです。人の見ていない沖合いや人家の無いところでも、ガスの噴出があったのではないでしょうか。正記のほうには 「最も顕著なる土地の昇降をなしたところは、三浦三崎と房総半島の先端地方であって、例へば三崎では地震と同時に土地が二十五尺(7.5m)も隆起して前面の城ヶ島との間に一滴の水もなくなった。此の状況は大凡三日程続いて、九月三日頃から次第に沈降を始めた。最初の中は一日に二尺程づつ沈下したが、其の後次第に減じて、九月二十日でも尚ほ地震前より四尺七寸(1.4m)程昇って居つた。洲ノ崎・白濱などでもこれと同じやうな変化があつた。」とあります。風船のガスが抜けるようにして、地盤が下がっていった様子が分かります。洲ノ崎は図の右下に少し見えている房総半島の先端で、白浜は野島崎付近です。陸上部の昇降の様子はライブラリー18に図面がありますが、小田原付近と、野島崎付近が最大で1.8m隆起したようです。三崎付近が地震直後に7.5mも隆起していたとは驚きです。

2.三崎の沖合い15kmのAと記した付近に400mの水深増加、230mの水深減少地区があります。このような大きな陥没・隆起現象が起ったとは今の地震学からは説明が困難ですが、水深の深かった(1417m)赤色部分に、浅かった(577m)青色部分の海底地盤が崩れ落ちて平均化された(赤色部分1187m、青色部分977m)という解釈も可能です。しかし、湾全体で見ると、海底のがけ崩れでは説明できない広範囲の隆起・沈降が起こっています。

3.相模湾南部では100m〜180m程度の水深増加(明らかに沈降現象)があり、北部では水深減少(明らかに隆起現象)が起こっている。ライブラリー7では、押し領域にある相模湾内でなぜ沈降現象があるのかを、推理しました。それは、地下のマグマ溜りに蓄積された解離ガスが爆発し(地震第一段階)、その影響で緩くなった地盤が、地震第二段階の収縮現象でズルズルと引き込まれたのではないかという推理でした。しかしこの図面をみると、違った推理ができるように思いました。

つまり、相模湾内には、陸上のようなはっきりとした押し引きの分布がみられません。むしろ何箇所かに押しと引きの小規模な組み合わせがあるように見えます。このことから推定できるのは、最初の巨大地震の後からも、繰り返し起こった余震によって、緩くなった海底地盤に小規模の押し引き分布が出現して、複雑な隆起・沈降が起こってのではないかと考えられます。正記によりますと、初震以降の余震数は6時間の間に171回以上あったと記されています。5日間では、935回という余震が記録されています。

BACK