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2471
Date: 2017-05-06 (Sat)
カリフォルニアも伊豆半島も南から来たのではない
[2468]に紹介した「陸はなぜあるの?」の中で、著者(篠塚氏)は削り取られた付加体が、陸上にまでせり上がって「陸側上がりの傾斜」になるメカニズムが存在しない、と次のように述べています。

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「もっとも、付加体テクトニクス説には更なる疑問がある。海溝やトラフの上を無事に通過できたとしても、海溝と陸との間の地域、つまり大陸棚を上昇させる力はどこにもないのだ。むしろその辺りでは、乱泥流など下向きの力が働いている。海溝陸側斜面にたまった付加体を、海面上に押し上げる上向きの力は見当たらない。  

アンデス山脈のように、沈み込むプレート背面の陸側プレートは上昇して山脈になると言われているが、力学的にはあり得ない説明である。下降するプレートは、冷えて重くなったから自ら下降するのであり、陸側プレートとの間に摩擦が生じるような関係にはない。陸側プレートが対面にあるならば、下降する角度を変えるだけのことだろう。とてものことに、それを上昇させて山脈にする、などとは考えられない。」

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まことにごもっともな疑問・主張であり、石田理論が解決したい問題を衝いています。

 この付加体問題はアメリカでもはやっていて、カリフォルニアが「発泡スチロールの吹き溜まり」のような寄せ集め構造であることにも疑問を寄せておられます。(「ほころび始めたプレートテクトニクス」をも参照)

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Assembling California (カリフォルニアの組み立て)という本を勧められて買った。(略)

ざっと読んでみて、「これは私のための本ではない」と思った。カリフォルニア州の地層は寄せ集めで出来ている、それらは太平洋の何処かにあったものが北米大陸本体に衝突したのだ、と主張している。

 私が気になるのは、太平洋の何処でどのように、という部分である。ところが大陸移動説やプレート・テクトニクス説の出現以来、データさえ整っていれば陸塊はどうにでも動ける、という風潮が出来上がってしまった。(イギリス地塊の回転という証拠のない話が続く)

 この「カリフォルニアの組み立て」の場合も同様で、太平洋の何処でどのように出来たかの議論はそっちのけ、カリフォルニア州内の各地の地層を調査し、これも外来性、あれも外来性などと結論付けている。

カリフォルニア州内の全ての地層は、海洋性の玄武岩ばかりだと言うのだろうか?

 それらの海山や海洋島は、海洋プレートによって北米大陸に運ばれ、そこで大陸本体に付加される。付け加わる陸塊ということから付加体、それに構造地質学を意味するテクトニクスという言葉が合わさって、付加体テクトニクスと呼ばれる。

 しかし北米大陸本体に付加されるためには、北米大陸西岸に沈み込み口である海溝やそこへ向かう東方向へのプレートの動きが必要とされる。カリフォルニアの地層がモザイク状に寄せ集められているというだけのことなのに、多くの仮定により辛うじて成り立っている、という印象を持った。この仮説は英国の回転仮説と同様、やがては注目されなくなるに違いない、と私は思った。

 ところがその後、伊豆半島衝突という形にその付加体テクトニクスが進化し、しかも広く受け入れられていると知って驚いた。

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篠塚氏の他にも、卯田先生や星野先生そして藤田先生のようにプレートテクトニクスを疑問視する研究者もあるのに、どうしてこのような「御伽噺」のようなテクトニクスに踊ってしまうのか、不思議です。 カリフォルニアもカナダ付近のエキゾチックテレーンという地質構造も以下のような火山活動による隆起・傾斜構造で十分説明できると思います。


エキゾチックなテレーン(Exotic terrane)ではありません。その場所での火山活動による地殻の変動にすぎません。

生物学者の中にも「伊豆半島は南から来た説」に疑問を持つ方がいます。抜粋して紹介します。

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伊豆半島は南から来たか?

筆者(柴正博氏)は、伊豆半島はもともと現在の位置にあり、南から来たものでないと考えている。その根拠は、伊豆半島とその周辺地域の地質と化石、さらに伊豆半島とその南の伊豆諸島に日本本土から渡ってきた遺存種が生存することである。

伊豆半島がのって来たとされるフィリピン海プレートは、プレートが生まれるとされる中央海嶺も不確かで、プレートが沈みこむところで形成されるはずの深発地震面の存在も不確か(柴、2013)なものである。 そのような不確かなものに基礎をおいて地質構造や生物分布を議論するのではなく、実際の伊豆半島や伊豆諸島の地質や化石、生物の分布などの事実をもとに、地史すなわち伊豆半島や伊豆諸島の自然の歴史を考えるべきであろう。今後、伊豆半島や伊豆諸島とその周辺の海底もふくめた地質や化石,現存する動植物などの事実をもとに、地史や遺存種の由来について盛んな議論が発展することを期待したい。

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化石の分布から見ても、伊豆半島に存在する化石は「南からきたものではない」そうです。

「フィリピン海プレートにのって伊豆半島が南から移動してきて日本列島に衝突したという仮説(杉村、1972;Matsuda、1978)が発展・流布し、伊豆ジオパークのテーマともなっている。」

そうですが、各地にあるジオパークも皆そのような説明になっているのでしょう。

そうした施設を見学して“洗脳”されてしまった頭脳には「それ以外の説」が入り込めません。
拙著を献本するときに「プレートテクトニクスは間違っているんです、これを読んでください」といって手渡すと、怪訝そうな顔つきで「怪しげな書物だなぁ」という雰囲気の人が多いです。

“洗脳”を解いて“ベルリンの壁”がなくなるまで、活動するしかありませんが、同じ考えを持ち、自分の頭で考えている人もあることが大きな救いになっています。

参考1:プレート論による解釈
Wiki)より

基盤岩の大部分は元来海洋地殻であったが、高度に変成作用を受けて大陸地殻に転化したと考えられる。典型的なパターンは次のようなものである。海洋地殻が上に覆い被さる海洋地殻または大陸地殻のプレートによって、押し下げられる沈降の先端部では、海洋地殻がマントルまで沈降する可能性がある。

海洋地殻のプレートが、覆いかぶさる海洋地殻のプレートの下に沈みこんだ場合は、下向きの力を受ける地殻が融解するにつれ、マグマの上昇を引き起こす。これは沈み込み線に沿って、覆いかぶさるプレートに火山活動を引き起こす。これは日本列島のような海底火山の列を作る。この火山活動は岩石の変成作用とマグマの貫入を引き起こし、これが花崗岩を作り出す。また、火山が地殻に岩石層を堆積させる。これは、地殻を軽く厚くする傾向があり、結果として地殻に沈み込みに対する抵抗力を与える。

海洋地殻は沈降できるが、大陸地殻は沈降できない。最終的には、下向きの力を受ける海洋地殻が、大陸に近い火山列を形成させ、これに衝突することになる。覆いかぶさるプレートが、大陸の下に沈みこむのではなく、衝突した場合は、それは大陸の縁に付加し、大陸の一部と成る。下向きの力を受けるプレートの、薄く細長い断片が、大陸の縁に付着して、覆いかぶさるプレートとの間で、くさび状に成形されながら傾く場合もある。

このような経過で、新しい地塊が縁に付着するに従い、大陸は時とともに成長でき、従って、大陸は、異なる年齢を持つ地塊の、複雑なキルト(パッチワーク)となることになる。

このように、基盤岩の年齢は大陸の縁に近づくに従い若くなる。しかし、エキゾチック地塊 (exotic terrane) のような例外がある。エキゾチック地塊は、他の大陸から引き剥がされた断片が、他の大陸に付着したものである。

また、多くの大陸は、複数のクラトンから構成されている。クラトンは大陸の最初のオリジナルの核の周りに形成された地殻のブロックであり、地塊が新しく縁に付着するに従い、徐々に成長してきたものである。例えば、パンゲアは地球上のほとんどの大陸が、一つの巨大超大陸に合体したものである。ほとんどの大陸は、実際に複数の大陸性クラトンから構成される。言い換えれば大陸は、アジアやアフリカやヨーロッパのように、より小さな大陸が合体したものである。


モレーン湖からみえる山岳風景
Moraine Lakeは、カナダ・アルバータ州のレイク・ルイーズ近郊、標高1,884mに位置する氷河湖
このような地塊の誕生をプレート論という斉一理論から説明できるとは思えない。

参考2:Assembling California のPlate論による解釈


Assembling Californiaの著者による解釈

2472
Date: 2017-05-06 (Sat)
実証が怪しげな「付加体」理論 
 日本列島の四万十帯に関する研究から、付加体理論が誕生したそうですが、その実証になるとかなり怪しげなものを感じます。

 [2459]では1991年に発表されている「日本列島の最新地体構造図」を紹介しました。その「地体構造図」というのは地表での分布であって、鉛直方向には複雑になっています。地表の分布図だけでは付加体論の実証にはならないと思います。

 たとえば九州北部や中国地方に分布する「三郡帯」を、Wikiでは次のように説明し、実際は「帯」ではなく散在していると解説しています。

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 三郡変成岩が分布する地域を三郡帯(三郡変成帯)と称する。三郡帯(三郡変成帯)は、高圧型変成帯としては日本最古のものと考えられている。「帯」と称するが、実際に露出している部分は僅かで散在しており、帯状に連続しているとは観察できない。
三郡帯は九州北部から中国地方に広く横たわり、中国地方東部から近畿地方北部で飛騨帯(飛騨変成帯)と接する。

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 地体構造としてサイトに上がっている図を拾ってみると、かなり、相違が見られます。次図は「付加体論」を実証したいためなのか、シンプルに表示されています。しかし、少なくとも、白亜紀(緑)がジュラ紀(青」に挟まれているのは矛盾ですし、ペルム期(ピンク)とジュラ期がクロスしているのも矛盾しています。


不動如山より

 また、細かく表示すると、ナウマンが示したように、「付加体論」で説明されるような「縞模様」にはなっていません。


ナウマンが画いた地体構造
広範囲に分布する花崗岩は大陸性のもので、付加体と認定することはできません。

 とくに東北地方や、九州はジズソーパズルのような複雑な様相を示しています。かつ、[2078]で紹介した岡山の万成石という花崗岩(ナウマンの図では中国地方に広範に分布している)が付加体であると認定することもできないはずです。


万成石を含む黒雲母花崗岩(山陽帯)

花崗岩は大陸性の火成岩であり、プレート論によれば海洋底には存在しない事になっています。よって、南からの海底にあるはずがなく、付加体としては認定されません。

花崗岩まで付加体であると主張することはできない!

「花崗岩の分布地域には、ジュラ紀に形成された付加体だとされている岩石類もあります。付加体とは、海洋プレートが列島に沈み込む時、上に溜まっていた頁岩、砂岩、チャートが列島にはぎ取られて付加したものです。」(「大地を眺める」97 笹川流れ:太古の花崗岩の不明瞭さより)
このような解釈は花崗岩の成因を無視する詭弁です。
また、「Yahoo知恵袋」には以下のような回答があります。 「内帯では多くの場所で深成岩の花崗岩が表層に露頭しています。このことから、そのような場所では上部にあったであろう付加体はほとんど侵食されているそうです。」
これも、プレート論、付加体論を信奉する人のご都合主義の解釈です。

日本列島の誕生は、かなり複雑な地殻変動を経て生まれてきたように思います。

次の図は丹波竜を紹介する「丹波竜の川床」にある地体構造です。(赤い星印は丹波竜の活動場?篠山)


「丹波竜の川床」にある地体構造(赤い星印は丹波竜の活動場?篠山)

 篠山付近の地体構造一つをとっても、複雑に入り組んでいて、「付加体論」の実証にはならないように思います。こうした地体構造だけでは「付加体論」が主張する「海側上り」の傾斜構造は実証できません。 [2465]で紹介したように、現地では「陸側上り」になっています。

やはり、付加体論は一つの「御伽噺」ではないでしょうか。

2473
Date: 2017-05-08 (Mon)
地学には根本的なパラダイムシフトが必要である

 2013年2月3日放送のサイエンスゼロの再放送をやっていました。三方五湖にある水月湖の「年縞」の話を興味深く聞いていましたが、「一万数千年前に一年間で環境が激変した」ことが「年縞」から分かるそうです。テレビの映像では地層の色がはっきりと変化していました。

この事実から地球温暖化現象が激変的に起る可能性を講師のニューカッスル大学中川毅教授が警告的な姿勢で解説しています。地球温暖化は怖い話だと結んでいました。

 しかし、地球の姿勢が変化することもなく一年で気温が激変することはありえないと思います。一年で「年縞」の色が変化しているのは、激変的な「地殻の滑動・スライド」によって起きたものだと考える方が合理的です。

気候変動の文明史では、「大きく気温が上昇した1万5000年前には、たった50年で7度から10度も気温が上がっていることがわかったのです。」とあり、次の図(秋田県の一の目潟の年縞)が載っています。


秋田県、一の目潟の年縞

NHKの番組で紹介された水月湖の年縞の変化(一万5千年前)が一の目潟のどの部分に相当するのか分りませんが、年縞の色変化はしばしば見られるようです。

以下のサイトピンからキリまでには温帯植物が現れるまでに500年かかっているとしてあります。
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この年縞の発見によって、年代の測定の精度が一気に高まりました。年縞に含まれている情報を読みとっていけば、太古の時代の環境変化が年度で追って行けることになります。  水月湖の年縞のダイヤグラムを分析したところ、今から1万4800年前に、水月湖周辺では大きな気候の変動があったことが分かりました。これまであった氷期を代表するツガなどの植物が激減し、かわってブナやナラなどの温帯の落葉広葉樹にスギが混成した森が広がってきます。つまり、この時期に急激な温暖化が進んだと考えることができるわけです。

 ただ、1万4800年前に水月湖周辺から、氷期を代表する植物が姿を消して、温帯植物が現われるまで、約500年の空白期間があることもわかってきました。この500年間は、寒冷な気候から温暖な気候に急激に変化した期間ですが、生態系がそれに追いついて行けず、水月湖の周辺は森の少ない荒野が広がっていたことでしょう。  

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一年で変化したのか、50年なのか、500年なのかは分りませんが、いずれにしても、1万5000年前というのは、アトランティスやムーが沈没した時代です。

 日本の位置も地殻の滑動で変化した可能性があります。地球上の証拠を解釈するときには、地学の根本的変革、パラダイムシフトが必要です。

参考:(Wikiより抜粋)
この水月湖の調査は1991年(平成3年)から開始された。(略)総延長70mにも及ぶコアが掘削された。これは過去約16万年分の連続した土を採取できたこととなり、その1mmの抜けもない完全連続したこのコアサンプルのことを「SG06」(水月湖06年の略号)と命名した。

2474
Date: 2017-05-10 (Wed)
西ノ島の大陸性熔岩の謎解き(2)
西ノ島の噴火では、大陸性の熔岩が噴出します。これに関して、「大陸出現なのか?」という話題があることは、すでに、[1996] 西ノ島の大陸性熔岩の謎解きで紹介しました。2年後の昨年にもテレビで紹介されたという情報があり、JAMSTECのプレス・リリースを調べてみました。

 すると、2016年9月に、大陸は海から誕生したとする新説を提唱がありました。「常識が覆されるような発見」という記事なので驚きました。見解が違えばまったく「あらぬ方向」へと科学は向かってしまうものだと感じました。

今回も少し長いですが、抜粋して紹介します。

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1.概要
代表的な海洋島弧である伊豆小笠原弧とアリューシャン弧において、地球物理学データ及び水深データを用いた地殻構造の推定を行い、さらに、この地殻構造と海底火山から噴出するマグマを比較した結果、地殻の厚さと噴出するマグマのタイプに相関があることが分かりました。この結果は、地殻の薄い場所で安山岩質の、地殻の厚い場所で玄武岩質のマグマが噴出していることを示しており、これまでの常識を覆すものです。これは、地殻の薄い海洋島弧の海底火山において安山岩質マグマがつくられること、つまり「海において大陸が生成すること」を示しています。今回の成果は、地球科学において長年の謎とされてきた大陸の生成に関する理解を格段に進歩させるとともに、今後、海洋島弧における地球深部探査船「ちきゅう」による大深度掘削が実現すれば、さらなる全容解明に繋がると期待されます。

2.背景
地球になぜ大陸が出現したのかについては、従来多くの研究や議論がなされてきましたが、いまだコンセンサスが得られていない、地球科学における未解決課題の一つです。大陸の平均組成が安山岩組成であることが分かってきたため、大陸の材料としての安山岩質マグマがどのようにしてできるのかが重要な論点となります。安山岩質マグマはプレートの収束境界(沈み込み帯)において特徴的に噴出することは分かっていますが、安山岩質マグマ自体がどのようにつくられるかはよく分かっていませんでした。また、
地殻の薄い海洋底では玄武岩質マグマが噴出する
地殻の厚い大陸では安山岩質マグマが噴出する

ということが定説とされており、つまり、これまでの常識では、大陸形成の材料となる安山岩質マグマは、すでに厚い地殻をもつ大陸に噴出することになり、言い換えれば、大陸形成の材料は大陸でないと手に入らないということになります。これでは、もともと大陸がどのようにして形成されたのかという問題に関しては、鶏が先か、卵が先か、という因果性のジレンマを含んでいました。

3.成果
地殻構造と噴出するマグマのタイプを対応させた結果、これまでの常識とは異なり
地殻の薄い地域(厚さ30km未満)では安山岩質マグマが噴出し
地殻の厚い地域(厚さ30km以上)では逆に玄武岩質マグマが噴出していた、というこれまで予想されていなかった意外な結果が現れました。

(3)大陸は海から誕生したという新しい仮説

マグマは高温、高圧の状態で地下のマントルが部分融解することで生成します。マグマのタイプはマグマの源であるマントルの含水量と溶けるときの圧力に強く依存しています。プレート収束境界(沈み込み帯)のマントルは、沈み込むプレートから大量の水の供給を受けていると考えられるとともに、沈み込み帯のマントルの含水量は海洋島弧に沿った方向ではほぼ一様と考えられます。マグマは地殻の下の水を含んでいるマントル(以下、「含水マントル」という)で生成されるため、地殻の厚さはマグマ生成の圧力と直接に関係する可能性があります。従来多くの岩石学的実験が行われてきましたが、圧力が低い場合に、含水マントルにおいて安山岩質マグマが生成する可能性が大きいことが示唆されてきました。よって、実験岩石学的にも地殻の薄いところで低圧のマントル融解がおきて、含水マントルで直接に安山岩質マグマを生じることは十分予想されるのです。仮説は、プレートの収束境界でも地殻の薄い海洋島弧でのみ、マントルで安山岩質マグマが生じて大陸を形成していくというものです(図7)。逆に地殻が30kmを越える厚い場所では、地殻の下がすでに高圧のため、含水マントルで安山岩質マグマを生じることは不可能となり、玄武岩質マグマのみが生成されます。玄武岩質マグマは既に存在している安山岩質の地殻を溶かすことが伊豆小笠原弧でも示されています。よって、安山岩質の地殻(大陸地殻)はある程度成長すると、逆に溶かされて、その成長に制限がかかることになります。この考えによると海で覆われた初期地球においては、地殻全体が薄かった場合、大陸の生成が非常に活発におこなわれたことになります(図7)。一方、初期地球においてマントルは現在よりも高温であり、海洋地殻が30km以上の厚さをもっていたかもしれません。そのような厚い海洋地殻をもった高温の地球においては大陸をつくる安山岩質マグマは生成されなかったことになります。このことは、地球にいつ大陸が出現し始めたか、に関して新たな制約をあたえ、地球の歴史と大陸の成長を考える上でも新しい視点を与えることになります。


図7 プレートの収束境界(沈み込み帯)の火山活動は、陸側プレートの下に、海溝に沿って海洋プレートが沈み込むことによって起こる。
沈み込む海洋プレートの直上では、含水マントルが部分的に溶ける。これを部分融解という。
部分融解した(液体と固体の混じった)かたまりは密度が小さく、浮力を受けてマントル中を上昇し、液体のマグマを増やしながら、マントルと地殻の境界まで上昇する。
この液体(マグマ)と固体(溶け残りマントル)が合わさった塊をマントルダイアピルという。
マグマと溶け残りマントルは分離するまでは化学的に平衡であるため、低圧ではマグマは安山岩質となり、高圧では玄武岩質となる
左図は陸側プレートの地殻が薄い場合、右図は地殻が厚い場合の違いを示す。
陸側プレートの地殻が薄い場合はマントルダイアピルが浅い場所でマグマを分離することができるため、安山岩質(初生)マグマが直接生成される。
一方、陸側プレートの地殻が厚くなると、マントルダイアピルが低圧でマグマを分離できるような部分が無くなるので、玄武岩質(初生)マグマしか生成できない。
(石田理論によれば、これはおとぎ話のレベルです。)

4.今後の展望
2013年11月、西之島が活動を再開しました。西之島のこの噴火現象は、単なる島の拡大というだけではありません。40年前の噴火から今回の噴火にいたるまで、西之島で噴火した溶岩はすべて安山岩で、海洋底をつくる玄武岩とは成分が異なっています。さらには、伊豆大島や三宅島で噴出する溶岩は玄武岩であるため、伊豆小笠原弧のマグマとも成分が異なっています。なぜ安山岩質マグマが太平洋の真ん中で噴出するのでしょうか。西之島の噴火のプロセスが、海洋からの「大陸の誕生」を再現している可能性があります(図8)。



図8 新しい仮説を生み出すきっかけとなった西ノ島の噴火(石田理論から見れば、新しい仮説は間違っています)

この仮説によると、伊豆小笠原弧の北部では玄武岩質火山の地下に、できたばかりの安山岩質大陸地殻が存在することになります。地球深部探査船「ちきゅう」による島弧の掘削が実現すると、できたばかりの大陸地殻を掘削し、大陸生成の全容解明に繋がると考えられ、その進展が望まれるところです。

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以上が「大陸は海から誕生したとする新説を提唱」の抜粋記事です。
[1996]でも解説しましたが、西ノ島付近はかつて大陸(多分ムー大陸)が存在していた場所であり、沈降しても、大陸性の岩石は半溶融状態で残っている可能性があると推定します。アリューシャンには大陸がなかった、あったとしても、ムーが沈んだ(一万数千年前)よりもっと太古の話というだけのことです。
[1996]の図を参考にした解説を再度掲載します。

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西ノ島一帯は、かっては大陸(ムー大陸)が存在した場所であろうと推定できます。つまり大陸性の花崗岩、安山岩が海中に没して熔融しているので、海底から噴出する溶岩は、大陸性の組成を持っているのでしょう。  一方、三宅島、八丈島、青ヶ島のような場所は、マグマの流動性が高い(または大陸がなかった)場所であり、深部のマントル物質(熔融していることを認識する必要がありますが)と入れ替わっているので、噴出しても玄武岩質のものにしかなりませんが、沈降する前の大陸地殻が厚い場所では半熔融状態で、残留・滞留している可能性があります。これが噴出すれば、大陸性の組成を持った熔岩となるでしょう。西ノ島の熔岩は粘性度の高い、半熔融状態の熔岩(かつては大陸地殻を形成していた が、海没して、海洋化を受けたもの)が吹き上がっているのではないでしょうか。大陸性といっても、ゆっくりと冷却されてできたものではありませんので、花崗岩にはなりません。結晶化が起きていない安山岩になるのでしょう。([1996]より再掲)

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JAMSTECの記事では、
・大陸が沈降して海底になると、海洋の地殻は陸の地殻に比べて、薄くなること。 かなりの部分は熔融マントルに吸収されますが、半溶融状態の部分も存在し、これが噴出すれば大陸性の熔岩になること。
・大陸の地殻が厚いのは、冷却が進行し、結晶質の花崗岩が誕生すること、

などが理解されていません。できたばかりの大陸地殻など、存在しません。大陸地殻になるには、年月がかかります。海底が隆起して長い年月の間に、冷却が進行し、深部で結晶質の花崗岩が誕生しないと、大陸地殻とはなりません。地殻の薄い海洋底から、常に安山岩マグマが噴出するのではありません。海底には洪水玄武岩台地が広がっています。


紫色は玄武岩が噴出してできた台地

したがって、石田理論では「大陸形成の材料は大陸でないと手に入らない」という因果性ジレンマに陥ることはありません。

 大陸形成の材料とはマグマに元々含まれている解離水(酸素と水素のこと)と玄武岩マグマがゆっくりと冷却されるときに形成される結晶質の花崗岩のことです。
よって、大陸が沈降した場所には大陸性の岩石が再熔融して「大陸性マグマ」ができますが、それ以外の海底からは玄武岩マグマが噴出して洪水玄武岩台地を作ります。玄武岩台地は海底(オントンジャワ)でも、陸上(デカン高原)でも形成されます。

「海洋が大陸を誕生させる」かのようにも見えますが、本当は熔融マントルに含まれる解離水が爆発して地殻を上昇させたり、沈降させたりしているのです。プレートテクトニクス論とかマントルが固体論に拘って考えている限りは到達できない見解です。 

それにしても、「大陸は付加体で拡大する」という話
との整合性はどのような説明になるのだろうか?

[2452]参照

2475
Date: 2017-05-10 (Wed)
プレート論を妄信するMobilistの混乱
大陸地殻と海洋地殻の違いについて、ネットサーフィンをしていたら、「大陸地殻は何処へ行ったのか」という「奇妙な話」がみつかりました。Nature Geoscience誌に載ったということで、さらに驚きました。
「大陸地殻は軽いので、海洋地殻の中には沈まない。そんなことは理論的にありえない」(注:参照)というのが、通説での常識のようですから、「沈んだ」というのは大発見ということなのでしょうが、プレート論を妄信すると、本当にラビリンスに潜り組むもののようです。ばかばかしいような内容ですが、大真面目に受け取られているようですので、一応記事を抜粋して紹介します。


チベット高原は昔海だった(太古の海
ヒマラヤ山脈の中国側に広がるチベット高原の北部
「ツァイダム盆地」には塩湖がある 二億五千万年前は海だった

チベット高原は3千メートル上昇し、アトランティスは3千メートル沈降しています。
プレート論では説明出来ませんが、事実です。

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消えた大陸地殻はどこへ行った?

インドプレートとユーラシアプレートが衝突した遠い昔、大量の陸塊が失われた。失われた地殻はどこへ行ったのか、ようやく明らかになった。

「わかったのは、6000万年前に存在した陸塊の半分が、現在の地表には無いということだ」と、研究プロジェクトを率いたシカゴ大学博士課程のミケーラ・インガルス(Miquela Ingalls)氏は述べる。

プレートテクトニクス理論によると、約6000万年前に現在のインド亜大陸がユーラシア大陸に衝突し、そのときにヒマラヤ山脈が形成されたと考えられている。

◆大陸地殻と海洋地殻

地殻には、大陸地殻と海洋地殻の2種類がある。海洋地殻は総じて密度が高くて重いため、大陸地殻に衝突すると、その下にもぐり込む。しかし、大陸地殻同士が衝突するときには、一方が沈み込むような重さの差がないため、衝突面には巨大な山岳地帯が形成される。ヒマラヤのような大規模な山脈は、たいていこのような地殻衝突の結果として生まれている。

プレートテクトニクス理論では、地球の表面は14枚のプレートで覆われ、各プレートは互いに相対運動している。これらのプレートは上部マントルの上を動いており、厚いが軽い大陸地殻はより高い位置に、薄く重い海洋地殻は低い位置にある。海洋地殻は下降してマントルに入り込むことがあり、最終的にはマントル物質に溶け込む。しかしインド・ユーラシア衝突に関わったような大陸地殻は密度が低く、マントルに接するまで下降したときも、入り込まずに押し戻されると考えられてきた。

「地質学の基礎として、大陸地殻は軽く、マントルの中まで下降しないと教わった」とインガルス氏は話す。新しい研究結果は、その考えを覆すものとなる。

「実際には、地殻の相当な量が地殻層から消えうせている。その行き先は、マントルの中しかない」と、インガルス氏の指導教官で研究論文の共著者である地球物理科学教授デイビッド・ロウリー(David Rowley)氏は説明する。「マントルと地殻は、比較的小さい範囲でしか相互作用はないと考えられてきた。今回の研究は、少なくとも一定の環境下ではそれが正しくないことを示している」。

◆地球についての難問

インドプレートとユーラシアプレートの多くの部分が地表から消えてどこかへ行ったことはよく知られているが、地質学の基礎では大陸地殻がマントルに入り込むことはないとしている。とすると、消えた部分はどこへ行ったのか?

これについてシカゴ大学の地質学者3人を中心とする研究チームが数学的に算出したところ、消えた地殻はマントルの中にもぐり込んだという、地質学の基礎教義のひとつを否定する答えが導かれた。

算出の道筋は、初期条件さえ分からないため、非常に困難なものだった。まず「消える前」の地殻すべての量を見積もらなければ、「その後」の地殻がどこにあるかを知ることはできない。(略) 地殻にはほかに行き場が無いなどということはない。一部は“上へ”行ってヒマラヤ山脈を作った。一部は侵食されて海底に巨大な堆積層を作り、また別の一部は衝突したプレートの脇に絞り出されて東南アジアを形成した。そして、まださらに失われた部分があった。

「こうした消失陸塊の種類すべてを計算しても、この衝突に関わった大陸地殻の半分は現在の地表には無いことがわかった」とインガルス氏は述べる。「地表で生じうるすべての“行き場所”を計算したとすれば、残りの陸塊はそっくりマントルの中へ“リサイクル”に出されたと考えるしかない」。

これは、従来の地球についての理解に大きなものを投げかけることになる。

「今回の研究結果が示唆するのは、インド・ユーラシアの衝突を地球史上で進行中のプロセスのひとつとして見るなら、大陸地殻の構成物はマントルへの混入は今も続いているということになる。そしてそれらは再抽出され、一部は火山物質としてマントルから地表へ現れ出てきている」。ロウリー氏はそう話している。

この研究結果はNature Geoscience誌に発表された。

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以上が抜粋記事です。
ラビリンスの中で、何の生産性もない研究が行なわれているようです。アメリカへ留学しても、このような意味のない研究に従事させられるのなら、まったく意味がないですね。

ベロウソフ教授らの垂直移動派(Fixist)を全面的に支持するわけではありませんが、ウイルソン教授らの水平移動派(Mobilist)は完全に迷路に陥って、出口が見出せない状況です。 プレート論を早急に放棄しないと、「前進」は不可能です。

クラストテクトニクス(CT)論によれば、地殻は解離水の爆発を原動力として、沈むことも、浮上することもあり得ます。それでなければ大陸上にアンモナイトなどの水生生物の化石があることはありません。グランドキャニオンにあれほど見事な地層が現れることもありません。
また、しんかい6500が南米沖で発見した花崗岩の地塊は大陸が沈降したことを証明しているはずです。

南大西洋ブラジル沖リオグランデ海膨の海底にて大陸の痕跡と思われる花崗岩確認  

石田理論(CT論)の、「その場所で急激に沈降・浮上することがある」という視点はFixistの立場です。JAMSTECは西ノ島の噴火で「大陸地殻の構成物はマントルへ混入・・・、一部は火山物質としてマントルから地表へ現れ出てきている」という現象を見ているのですが、CT論はそれがプレートの働きで起きているというMobilistの立場では見ていません。  

  プレート論者はどうして「間違い」を素直に認めないのでしょうか。「自問して誤りを修正していくという方法は科学のすばらしい特質である」というカール・セーガンの主張を思い起こしてほしいものです。

注:

理論的にあり得ない(プレート論の立場ではありえないだけ)  

 そもそも大陸地殻が沈んで深海底になったり、海洋地殻が浮上して巨大な大陸になったりしないのです。ここんとこが大事です! 大陸地殻と海洋地殻は全く別物なのです。まさに水と油。水と油を混ぜておいたら、ある日勝手に水の一部が油になったり、油の一部が重くなって沈んだりしないように、大陸地殻と海洋地殻が勝手に入れ替わったり、大陸が沈んだりしてはいけないのです。

プレートテクトニクスという理論が間違っているだけ
それでこんなに混乱が広がっている

2476
Date: 2017-05-12 (Fri)
プレートは固くなかったという新説・支離滅裂な地震学
「ほころび始めたプレート理論」で宇田先生の次の言葉を紹介しました。

「プレートテクトニクスにおいても、理論にそぐわない観測事実が増えつつある。その食い違いを説明するために、地球科学者たちは、理論を成立させている原理的な制限をなし崩し的にゆるめ始めている。地球科学的な観測が進むと、プレートには内部変形と考えられる地質現象が存在し、また可塑性的な挙動も見られることが認識されるようになった。そこから、プレートが剛体的に作用するという運動形態はきわめて特異であって、じつは変形するプレートの方が一般的であるという考えも出された。ここに至ってプレートテクトニクスの原理は自己矛盾を起こしてしまい、どの程度までの変形が"剛体"として容認できるのか、という主観の問題になってしまったのである。」

この小論(学研ムック)が発刊されたのは1995年のことです。それから19年後の2014年のことですが、プレート論は剛体であることを止め、「部分的に縮んだり、ひずみを発生させたり、水平方向に変形したりする」という“新説”が発表されました。

 プレート論の消滅前夜を思わせるような内容ですが、アメリカでも「何でもアリ」状態のようで、「壁」崩壊前夜のような感じがします。

ネバタ大学、ライス大学の教授達の“新説”を紹介します。

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プレートテクトニクス理論の新説
2014.12.16.  

地震が多いここ日本では「プレート」という言葉がニュースなどで日常的に使われている。「プレートテクトニクス理論」という学説を学校で習った人も多いと思うが、私たちが住む大陸や海は、地球の表面にある数枚の強固なプレートによって構成されていると考えるのが、現在は一般的である。

 この“お固い”プレートらが押し合いへし合いをすることで地震が起きていると考えられていたのだが、このほど、科学誌「Geology」にて発表された最新の研究によると、プレートは必ずしも“一枚岩”ではなく、部分的に変形する可能性があるという。これが事実であれば、現在のプレートテクトニクス理論に修正が必要となる。

■歪みがあるほうが「プレートは固い」より「都合がいい」(見出しを少し変えました) 「Daily Mail」の記事より  

研究を発表したネバダ大学のコーン・クリーマー博士や、ライス大学のリチャード・ゴードン博士らによると、プレートは冷却されることによって、部分的に縮んだり歪みを発生させているという。プレートの冷え込みは、その比重が重くなることから沈みこむように作用し、海が深くなる要因であるが、それだけでなく、水平方向の形にも影響するということのようだ。

 今回の研究では、太平洋プレートのGPSデータに注目し、プレートが部分的に動いていることを確認。例えばカリフォルニア沖の太平洋プレートは、同じプレート内の南極プレートとの境界付近に比べて毎年2ミリ南に動いていることがわかった。


プレートは思っていたより軟らかい、これで地震の説明が付く(?)
支離滅裂になってきたプレート論!
 これはつまり、プレートに歪みが生じているのだが、その方がプレートが「強固なものである」と考えた時に整合性がつかないような事象について、うまく説明できるという。そして同時に、プレート内部で発生する地震の謎に迫れるようなのだ。  そもそも地震とは、地中で岩盤がズレ動くことによって起こる現象だ。プレート同士の境界やその付近の断層が主な発生場所だが、そのきっかけとなるパワーの源は、プレートの動きである。地球内部で対流する「マントル」に浮かぶプレートは、地球上でひしめき合って地震を起こしている。つまり、プレートの様態を詳しく知ることができれば、地震の様態も詳しくわかるということだ。 ■“新しい”プレートテクトニクス理論とは


ネバダ大学のコーン・クリーマー博士 画像は「Daily Mail」より

 プレートには大陸プレートと海洋プレートがあり、「大陸プレート」よりも重く強固な「海洋プレート」が「大陸プレート」の下に沈み込んでいく際に地震が起こるというのが通説だ。そのため、日本のように複数のプレートが入り組んだ境界付近では地震が頻発するのだが、プレートのかなり内部でも地震が発生することがあり、そのメカニズムははっきりしていなかった。しかし、今回の新説がその説明となり得るわけだ。

我々は太平洋プレートが歪み、柔軟であることを示すことで、プレートの硬さについての革新的な視点を持ち込んだんだ」クリーマー博士はこのように話し、今回の研究結果が「新しいプレートテクトニクス理論」であるとして、今後の研究に意気込んでいる。

「残念ながら太平洋の島々にある既存のGPS設置場所はプレートの古い部分にあるので、そのあたりは歪むことが期待できない。今回の研究を確かめるためにも、プレートの若い部分での新たな計測が必要だね、どこかの島々や海底で行なうことになると思う。これからもプレートテクトニクス理論を洗練して、プレート内部の地震頻度について理論的な説明を見出したいね」

 これからさらなる調査が行われるようだが、プレートが強固なものではなく、歪んだりするということであれば、地球上には地震が起こらない所はないと言えよう。地震の多い国に住んでいる我々が、地震に対する心構えを常日頃から持ち続けていることは、どこにいても地震に戸惑わないという点で、強みであるかもしれない。
(文=杉田彬)

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記事には、「日本のように複数のプレートが入り組んだ境界付近では地震が頻発するのだが、プレートのかなり内部でも地震が発生することがあり、そのメカニズムははっきりしていなかった。しかし、今回の新説がその説明となり得るわけだ。」とあり、

クリーマー博士が
「我々は太平洋プレートが歪み、柔軟であることを示すことで、プレートの硬さについての革新的な視点を持ち込んだんだ」

と述べています。
しかし、柔軟であるプレートがどうやって、ヒマラヤを持ち上げるのでしょうか、「硬い板だけども、軟らかいのだよ」とは、もう科学者の言葉とは思えません。

早晩「プレートテクトニクス」という岩盤のようだった(あえて過去形)壁も崩壊するでしょう。

 実は学者村の外ではもう常識になっているのではないでしょうか。

注:学者村の住人がどうかは不明ですが、以下のようなコメントもありますので付記します。

プレートは固くない

ネット上では、プレートが剛体でないことを示す事実を見つけてきては、嬉々としてプレートテクトニクスは間違っているとか破綻しているなどと主張する人を見かけます。そういう人は、プレートテクトニクスをよく勉強していないか、もっと基礎的な変形体力学などを理解していないことを自ら吐露しているようなものです。

2477 
Date: 2017-05-12 (Fri)
四万十帯は付加体理論を否定しているのではないか
[2465] 四万十帯の傾斜と年代の関係の中で「私の分析が間違っているのかどうか、お分かりの方は教えてください」とコメントしましたが、どなたからもご教示がありません。メディアも無関心です。
 それどころか、ある方からは「付加体説には多くの矛盾があります。今はただ、貴サイトにエールをお送りしたく、メール致します。」といただきました。

なぜ付加体が陸側上がりになるのか不思議な思いがしています。四国東端部由岐町地域での現地を調査した報告でも「付加体形成に関連した北上がりの衝上断層」という表現がありますが、四万十帯が宮崎から三浦半島まで全て「衝上断層」として北上がり(陸側上がり)になるというのはどういうことでしょうか。付加体ならば、海側上がりになるのではないでしょうか。

四万十帯は付加体理論を否定しているように思います。

これも分る方があれば教えてください。

私には全てが「プレート論ありき、付加体理論ありき」で展開しているようにしか思えません。 四国の報告例を抜粋して紹介します。

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四万十帯北帯白亜系の岩相配列と堆積相
 −四国東端部由岐町地域を例として

C.構造

1.由岐町地域の四万十帯北帯には、陸源砕屑岩相の分布地帯と遠洋性〜半遠洋性堆積物の分布地帯が、それぞれ断層で画されて交互に帯状配列する。
2.一ノ坂−木岐断層は、1.で述べた帯状配列を変位させる後生的な断層である。
3.陸源砕屑岩層から成るA〜D帯には、付加体形成に関連した北上がりの衝上断層とそれに伴う引きずり型褶曲(向斜)が発達する。
4.遠洋性〜半遠洋性堆積物から成るコンプレックス I・IIの内部には、数 m 間隔の断層が発達し、チャート、多色頁岩、凝灰質泥岩から成るスライス〜シート状岩体が繰り返し出現する。
5.以上の構造から総合的に推定される断面形態モデルは、海洋プレートの沈み込みに伴う付加体の発達に際して形成された多重階層構造である。



陸側(北側)上がりを証明している現地調査結果

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Wikiによれば、

「衝上断層(しょうじょうだんそう、英: Thrust fault)とは、上位の地層が下位の地層に対して緩い角度でずり上がった断層。断層角が45度以下の逆断層をいい、低角逆断層とも呼ばれる。」

とあります。四万十帯の形状は断層角が45度以上もあって、低角逆断層という説明にも疑問が湧きます。


室戸の四万十帯
 宍喰町(水床荘から北へ1Kmくらいの奈半利層と呼ばれる地層室戸の自然より

これが衝上断層とは言えない!

そもそも、プレートは自重によって沈んでいくとされています。そのようなプレートに衝上断層とか、写真のような急勾配の断層を起こさせる原動力は何処からも付与されません。

私には、この報告は四万十帯が付加体ではないことを証明しているように思えます。 日本列島は「付加体が形成した」ものではなく、[2465]で説明したように「火山活動による爆発・隆起」によって捲れ上がった構造なのではないでしょうか。


火山活動による爆発・隆起現象で古い地層が捲れ上がった、というだけのこと ではないのか

大陸が付加・衝突テクトニクスによってどんどん拡大しているというのは、これも一つの御伽噺だと思います。

2478
Date: 2017-05-15 (Mon)
台湾の付加体テクトニクスは日本とは違う、それでもプレート論を信じられるか?
台湾の地質構造も日本と同じように、縞模様になっています。しかし、解説を読むと、日本とはまったくテクトニクス(形成方式)が違うそうです。台湾の縞模様は西に行く(大陸に向かう)ほど、若くなり、断層の傾斜は東上がり、つまり(日本列島では日本海側のような)陸側上がりになっています。

 すでに、[1391]ご都合主義の解釈で、なぜ同じフィリピン海プレートなのに、日本と台湾ではテクトニクスが違うのかを紹介し、「プレート論に関する私の解釈に 間違いがあるようなら、どなたかご教示ください。」とコメントしましたが、どなたからのご教示もありませんでした。

付加体の問題に関しても、台湾では日本と逆方向の付加機構、つまり、ユーラシア大陸が台湾の下に潜り込んで、付加体を作る機構があるそうです。これでは大陸が拡大するという話とも矛盾します。 台湾の地質とテクノニクスを解説したサイトから紹介します。

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台湾の地質とテクトニクス

地質概要

台湾の地質は大部分が古生代後期以降の堆積岩類からできている。この堆積岩類は帯状に島の伸びの方向(北北東−南南西)に分布し、6〜7帯に分けられる(台湾の地質区分図)。


台湾の地質区分図、多重円の中心は集集地震の震央

 東縁部の海岸山脈(図のO)以外はおおむね西に向かって次第に若い地層が並んでいる。中央山脈の東斜面は変成岩化した二畳系で構成され、石灰岩(大理石)や塩基性火山岩を多量に含む。中央山脈からその西側にかけては、第三紀始新世から中新世前半の地層が広く分布し、それらは圧縮型造構運動により褶曲・固化して、台湾の主稜を構成する(M・L)。これらは砂岩頁岩互層を主とし安山岩・玄武岩や粘板岩を挟む。
西部の山麓地帯は、中新世後期−鮮新世の泥質岩を主とする地層(Ka)で構成され、構造変形や固化の程度はL・M帯に比べて弱い。しかし、今回の地震の震源がこのKa帯の中にあるように、東から西に衝上するセンスの構造運動が活発な地帯である。東側の海岸山脈(O)もKaと同じ年代の地層から構成されるが火山岩に富む。この帯はフィリピン海プレートに属するルソン弧(火山弧)がユーラシアプレート上の台湾弧に衝突・接合した際に形成されたもので、Kの地層とは異なる地質帯として区分される。
北西海岸沿いから南方にかけては、第四紀前半の砂礫を主とするおそらく扇状地及び段丘堆積物の厚層が台地・丘陵をなしている(Kb)。それらは中央山脈が激しく隆起した時期に堆積した堆積物で、厚い部分では2000mに及ぶとされている。Kb帯の西縁も多くの場所で東上がりの逆断層が存在し、西側の海岸平野部との地形的境界となっている。西部の海岸平野(J)は表層部は沖積層で占められ、堆積と沈降が引き続く現在進行中の新生代堆積盆とみられる。
台湾の地質は、日本列島に比較すると似たような帯状構造をもつものの、火成岩類や中生界に乏しく、複数の変成岩帯・付加体列を持つ日本列島に比べてかなりシンプルな構成である。しかし、中新世の地層が顕著に褶曲・固化しているなど、衝突型造山帯ならではの激しい造構作用を示している。

テクトニクス

台湾の構造運動は、一般的には、中国大陸から引き続くユーラシアプレートの東進と、フィリピン海プレートの南東からの押しによる大陸−島弧衝突作用(collision)として説明されている。台湾東縁の海岸山脈は、フィリピン海プレートに属するルソン弧の北端部であり、台東縦谷を介してユーラシアプレートに属する中央山脈の地質体と接している。その接合は中新世に始まると言われ、現在の構造は約100万年前に形成されたと考えられている。フィリピン海プレートの南東側からの押し(7cm/年)により、台湾中央山脈の隆起と東西圧縮作用とが、中央山脈西側の東上がりの逆断層群(衝上断層群)を生じさせている。台東縦谷も活断層地帯として過去に何回も地震が起きている。
台湾は大陸プレート(ユーラシア)の上にのっており、海洋プレート上には位置していない。台湾の構造発達の一例を図に示す(台湾のテクトニクス的変遷)。


台湾のテクトニクス的変遷

 この図はユーラシアプレート(東シナ海南部)上に堆積した中新世ー鮮新世の地層が次々に中央山脈側に付加し、衝上断層−褶曲帯(thrust-fold belt)を形成した過程を示している。集集地震は西部山麓地帯(Western Foothills)で起こった地震であり、この図から構造的背景が読みとれる。
島弧−海溝系の典型である日本列島弧と比較してみると、海溝と弧の下に沈み込む海洋プレートをその前面に有していないと言う点で、台湾のテクトニクスの背景は日本列島とは大きく違っている。台湾の場合、フィリピン海プレートという本来ならば重い地殻が東側に存在しているのに、衝突型造山になったのは、ルソン島弧という軽い地殻部分と接したためユーラシアプレートの下に沈み込めず、その上にのし上げる状態になり、さらにはユーラシアプレート上の厚い堆積物と押し合う恰好になって、台湾(中央山脈)が形成されたと考えられている。ところが最近、台湾のテクトニクスとして、大陸−島弧衝突型ではなく、島弧−島弧衝突型であるという新説が発表されている(Sibuet & Hsu,1996)。台湾の中央山脈をつくる古期変成岩類はユーラシア大陸のものではなく、これを琉球弧の延長とみなし、台湾が琉球弧とルソン弧の衝突であるとする見解である。ちなみに、この考えは本州弧と伊豆−マリアナ弧の衝突で説明されている丹沢山地の形成論とよく似ている。
なお、台湾のテクトニクスについては、地下深部構造の解釈や変成岩類の成因・時代論などを巡って様々な見解が出されている現状にある。

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プレート理論ありき、付加体理論ありき」という基本的な姿勢を崩さないで、解釈しようとすると卯田先生の言葉にある「単純明快な概念が非科学的で醜悪な寓話と化してしまう」という世界に入り込んでしまいます。

[1391]でも述べた「同じプレートが場所によって挙動が違う」というのも一つですが、台湾の形成で使われる「ある時期までは衝突機構、ある時期からは付加機構」というのも同じです。 「フィリピン海プレートという重い地殻が沈み込めないのは、ルソン島弧という軽い地殻部分と接したため、沈まずに乗り上げて衝突型造山になった」とあります。ルソン島や伊豆半島(フィリピン海プレートに乗って運ばれたはずなのですが・・・)は軽くて沈めないが、鹿島海山は重くて富士山クラスの高山でも潜り込む、などという話を誰が信じるというのでしょうか。固体が固体の中に沈むという話が「固体力学と流体力学」の概念が混在して、“醜悪な寓話”になってしまっています。SF以下の話です。(最下段の左図参照)

 プレート論や付加体論を捨てれば、科学的な話としてもっと明瞭に理解が進むはずです。 以下のような図からは「東に向かって地層が若くなり、傾斜は東上がりである」という台湾の形成メカニズムが見えてきません。

  もっとシンプルに「台湾の東沖での火山活動による隆起によって形成された」と考えるほうが合理性があるのではないでしょうか。

要するに、火山活動による爆発・隆起で、古い地層が捲れ上がったというだけのこと

プレート論や付加体論に拘ると次の(左図)のような解釈になります。しかし、通常なされている、日本付近の解釈(右図)が正しいとすれば、どこかでメカニズムが一転しているはずです。その一転する場所は「何処に境界があって、そこではどのようなメカニズムになっているか?」、「フィリピン海プレートは引き裂かれているのか?」、「南シナ海の海底はどこで生まれるのか?」かなどを説明しなければならなくなり、シドロモドロ状態になるはずです。

左図はアクティブな台湾のテクトニクス、右図は山賀氏のサイトより
南海トラフと台湾の間のどこかで、メカニズムが反転することになるが、その理屈は説明が困難である。

そうではなく、火山活動によって「古い地層が捲れ上がった」というシンプルなテクトニクスを採用したほうが、すっきりとします。

どうか、学者の皆さんもマスコミ人もプレート論や付加・衝突テクトニクスを妄信することを止めてください。

2479
Date: 2017-05-16 (Tue)
四万十帯は本当に「上が古く、下が新しい地層」なのか?
youtubeに上がっている日本列島誕生という動画に、四万十帯の話がありました。

 気になったのが、四万十帯の地層は「上が古くて下が新しい」という表現(22:40)でした。それが本当ならば[2465]で検討した内容は不正確だったことになってしまいます。


動画にある四万十帯の説明と現場写真、海側上がりのタービダイトは特殊な例ではないのだろうか

今まで述べてきた「古い地層が捲れ上がっただけ」という解釈が成立しなくなります。

これは大変なことです・・・。

本当に四万十帯は「上が古く、下が新しい」のでしょうか。どなたか情報がある方は教えてください。

しかし、よく観てみると、動画に出てくるタービダイトは南上がり(海側上がり)です。
そこのタービダイトを分析して、「上が古く、下が新しい」と断定しているのなら問題です。
局所的には[2452]で紹介したグリーンランドのKing Oscar Fjordの褶曲 のように、地層が90度以上捲れ上がってしまった場所もあるでしょう。その場を選んで四万十帯として分析しているのなら、科学的な姿勢とは言えません。四万十帯は宮崎から三浦半島まで、大体は北上がりですし、衝上断層を発生させて、南上がりを北上がりに変形させるような原動力もプレート論からは生まれませんので、説明できません。地殻変動の原動力は「地震爆発」以外には自然界に存在しないと思われます。

「上が古く、下が新しい」という地層が四万十帯の全体にわたって言えることなのかどうか大変疑問に思っています。

どなたか分かる方のご意見をお待ちします。
isshy7@kfz.biglobe.ne.jp 石田


平朝彦著「日本列島の誕生」より

この関係は本当に正しいのか?
四万十帯全域でこうなっているのか?
資料の選択が恣意的ではないのか?


付記1:

四万十帯

四万十帯の地層は、北帯・南帯のいずれでも、北傾斜・北上位であることが多く、北傾斜の衝上断層によって繰り返している。また、いくつかの衝上断層によって、デュープレックスという衝上構造の存在が報告されている。これは海溝堆積物が剥(は)ぎ取られて、陸側に取り込まれる底付け作用により形成されたものと考えられている。[村田明広]


コトバンクより

付記2:

部分(木または枝)を見て全体(森または根 )を見なかったのではないでしょうか。


上部だけを見れば右上がりだが、全体を見れば左上がり。四万十帯も全体では北上がりの普通の地層、つまり付加体ではない

2480
Date: 2017-05-16 (Tue)
四万十帯は本当に「上が古く、下が新しい地層」なのか?(続)
動画の続きを見ると、この現場(平朝彦氏の調査した住吉海岸と同じらしい:「日本列島の誕生」参照)には、地層が垂直の場所もあるようです。

動画「日本列島誕生」の中にある垂直な地層


すなわち、「上が古く、下が新しい」のは四万十帯の一部であって、全体を規定する性質ではないことがはっきりしました。

紹介してきたように代表的な海岸(宮崎、高知、徳島、神奈川など)ではたいてい陸側上がりの傾斜になっています。つまり「上が古く、下が新しい」と断定することはできません。次図は足摺岬のタービダイトで、やはり陸側上がりになっています。


足摺巡検より

 動画の中では、生まれた時代も場所も違う物質が海溝で集まって“かき混ぜられ”、その後隆起したものが「メランジュ」であると解説されています。4000mという深部からどのような機構で浮上するのかは解説がありません。浮上する原動力がプレート論・付加体論では無視されています。

メランジュとは「かき混ぜる」という意味

 また[2458]でも紹介しましたが、赤色の石灰岩が赤道で誕生し、プレートに乗って運ばれてきた、という話は「地殻の滑動(スライド)」を考慮すればシンプルに解説できます。 「「メランジュに取り込まれた他の物質」は6000年の間どこで待っていたのか?なぜ先に潜り込まなかったのか?」という質問にも答える必要がなくなります。

四万十帯付加帯説は「証拠物件の選択方法」に恣意的なものがあります。

大陸移動説を復活させたという「大西洋の拡大説」にもデータの採用に恣意的なものがあることを[1312]などで指摘しました。

卯田先生の小論(ほころび始めたプレートテクトニクス)にもありますが、地球物理関係の話には工学者から見たら信じられないような、「吟味不十分、精度の荒い議論」が目立ちます。

そんな理論が世界中に広がってしまうのですから、恐ろしいものです。科学者はもっと謙虚にならなければいけないのではないでしょうか。

[1816][2313]で紹介した、研究に対する姿勢の問題が気になります。論文は「単なる思いつき話」「考え方を出すこと」という空気が研究者やその卵の人達の中にあって、何のために「学問」をやるのかが忘れ去られているような気がしてなりません。

ネット上には石田理論を批判する人物がいますが、傲慢な主張を聞いて情けない思いがいたします。

石田理論批判
「石田理論」とは、超越論的な視点を必要としない工学的な思考を、時間的なスパンも空間的な広がりも大きな、つまり必然的に超越論的な視点を要求する地球科学的なモデルにあてはめようとした結果、生まれた悲劇(喜劇?)だといえるでしょう。また、ここから類推すれば、工学的な思考が人文的な知に安直に適用された際、石田理論と同様のことが生じる可能性も考えられます。あるいは、「ゲーム脳」などの疑似科学も、これと同列のものとして扱いうるかもしれません。石田先生の次のような発言は、目的志向的に対象を操作する工学的思考の存在を示唆しています。」(後は略)

 現実にプレート論や付加体論によって人間は少しも賢くはなっていません。思考停止者を生んでいるのではないでしょうか。

2481
Date: 2017-05-16 (Tue)
激変的な地殻変動史観を採用しよう
 プレート論のベースにある考え方ですが、付加体論や化石論などでは、赤道直下で生まれた生物の化石が「斉一論」的に何千万年も経て運ばれてきたという解釈がなされています。しかし、現実には激変的に地球の姿勢が変化(地殻が滑動)したというのが真相でしょう。生き物の化石が成体も幼体も一箇所にあることは激変説を支持しています。

 かつては海の底にあったという[2475]に紹介したツァイダム盆地の塩湖もそうですし、さらに北にある中国の甘粛省の七色に輝く地層なども、かつては海底下にあって激変的作用で現出した光景ではないのでしょうか。もっと北のアザス高地には[1806]で紹介した平頂火山があります。平頂火山は氷の下の氷床湖で形成される火山ですから、かつては極域にあったことがあるはずです。プレート論で推定されるのとは違った激変があったのでしょう。


虹のように色鮮やかなマーブル模様の地層より

その他にも、様々な地層ができる成因を考えると地球は隆起・沈降・褶曲などの劇的変動を繰り返してきたことが想像できます。  
「日本列島や台湾の地殻構造」に現れている変動はかなり大規模なものだと思われますが、もっと小規模な地震による地殻変動も、地殻の誕生以来頻繁に繰り返されたと思われます。

 次図は愛知県の猿投−高浜断層帯の地層ですが、小規模な激変を繰り返している歴史が見えます。

とにかくプレート理論や付加体理論のような「斉一論」では地球の歴史「地史」は語れないと思います。

「進化論」もそうですが、猿から人間へと「斉一論」的に進化したとはどうしても思えません。進化の途中にある「生物」が見当たらないからです。
「地球の変化」に関しても、アトランティスやムーの沈没が実証されたら明らかになるでしょうが、「パンゲア」という大陸が少しづつ移動して、現在に至っているとは思えません。南極大陸の氷の下には「人類が生活した痕跡」が見つかるかもしれません。
南極にはミュートラムという文明があり、食文化が発達していて、「パノア」という狼のような動物のミルクが珍重されていたという話もあります。その激変の後にもインド洋上にあったレムリアという大陸に文明が生まれ、芸術が栄えたという話です。

 そうした、「未知の古代文明」が明らかになれば、インドの北上などという話はまったくウソであることが明白になってしまいます。  今は未知科学の分野に入る話も、やがては既知科学の領野に入ってくる可能性があります。科学者も「ハンドルの遊び」を少し大きくして、両サイドをよく見ながら、未知科学から流れ出す“さざなみ”に敏感になったほうがよさそうです。

 ハプグッド教授の「地殻滑動」による「激変的変化の地史」を読み解くことが今後是非とも必要であると感じています。

激変説と斉一説については[761]以来、たくさん話題にしてきました。

2482
Date: 2017-05-17 (Wed)
激変的な日本列島誕生の地史(一考察)
 赤道域に生息していたペルム紀のアンモナイトが、大陸移動によって今は東北に産出([2455])する、とか、赤道で形成された赤色石灰岩が6000年を経て四国までやってきた(「日本列島の誕生)、とかの変な話になるのは、斉一説に縛られている、つまりポールシフトなど非科学的な御伽話だとして認めないからです。

 しかし、巨大地震(大規模な解離水爆発)によって、地殻の隆起・沈降が起れば、地殻の重心が変化して、地殻は滑動します。ポールシフトはこの地殻のスライド現象のことです。

 そう考えると、激変的な変化によって地球史を考える事も科学の範疇に入ってきます。逆に、イザナギプレートが北上したなどという話が、御伽噺の世界に入るでしょう、プレートを動かす力が発見されていないのですから・・・。

 日本列島の地史もまた違って見えてきます。

 簡単に言えば、日本が赤道付近にあったことも、極域地方にあったことも、今のような中緯度にあったことも、いろんな気候を経験してきたということです。


赤道付近の海面下にあった時代も、極域で氷床が発達していた時代も、様々な時代を経て現在がある
日本の地史は複雑で、プレート論という“斉一論”では語れない

日本列島が誕生する前は、赤道直下にあって、まだサンゴ礁の集合程度のものだったかもしれません。サンゴ虫が活発に活動し、アンモナイト、フズリナ、ウミユリなどの水中生物が繁茂していたことでしょう。

伊吹山や金生山、武甲山など石灰岩が産出するのは、其の名残です。
では、山体そのものはどうしてできたのでしょう。赤道直下にあった前か後かは分かりませんが、何度もスライドが繰り返されたことと思います。  
一旦、極域に入っていた時代に、氷底湖内部での火山活動によって平頂、または楯状の火山が形成され、それが山体の基礎部分になっている可能性があります。今、温暖な地域にある火山で平頂火山はできませんが、氷床が発達した地域では山塊ができる可能性があります。

 基礎になる山塊が地殻のスライドで、温暖な地域に移れば氷は解けますから、其の上にサンゴ礁が発達する場合もあります。
高度がある場合はギアナ高地のテプイのようになり、低くて水面下ならギョーとして、残るでしょう。鹿島海山もこうしてできた平頂火山の可能性があります。

地殻の歴史(地史)は複雑で、PT論ではなく、CT論でないと語れません

2483 
Date: 2017-05-18 (Thu)
四万十帯は付加体ではない、日本列島付加体説は間違っている
23年も前の記事になりますが、地質ニュース482に、滝沢文教氏の「10年以上前まではよく議論されていた日本列島の(古生界の)基盤岩は何か、という問題が付加体論の登場によって、すっかり影が薄くなってしまった」という言葉がありました。

 プレート論、付加体論は「日本列島の基盤学」そのものを「ゴミ捨て場の広がり」のような問題に変えてしまったのではないでしょうか。

 受講した学生の言葉にも『そんなの嫌だ』というものがあります。

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この10 数年の間に層序・年代・地質構造など地層の総体的解釈が革新的に変更した分野であり、“放散虫革命"とも比喩されている。 1970年代に萌芽し、1980年代に本邦全域に広がった放散虫など微化石層序学の急速な進展と、プレートテクトニクスから派生した付加体論の導入によって、従来古生層とみなされていた秩父古生層などチャートや塩基性火山岩(緑色岩)を含む地層群が、中生代のプレー卜沈み込み帯で形成された付加体堆積物(付加コンプレックス)であると解釈されるようになり、これ らの地層には古典的な層序学の方法(地層累重の法則)は適用できなくなった。含有するフズリナ・サンゴ化石などによって古生代を指示する石灰岩体や緑色岩体は、中生代の堆積物の中にプレート運動や付加過程において異地性岩体として取り込まれたと見なされるようになったのである。

10年以上前まではよく議論されていた日本列島の(古生界の)基盤岩は何か、という問題が付加体論の登場によって、すっかり影が薄くなってしまった。先述の 4-5 億年代の岩石あるいは年代値を日本列島の成立過程の上でどの様に解釈するか、岩石の種類も多様で不確定要素のまだ大きい問題である。木村ほか (1993) は日本列島の中―古生界が付加体ではなく、中国大陸縁辺部に堆積した浅海相中部古生界とそこに生じたリフト帯に形成された“地向斜”堆積物であるという見解をとり、4 億年岩石に一つの説明を与えている。 地体構造論や構造発達史に関する議論は,地質学者の興味深い問題ではあるが、 日本列島のような複雑な地質状況の元では議論は果てしなく続くことであろう。

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吟味してきたように、四万十帯の付加体説には矛盾・誤解が含まれています。けっして「まともな科学論」ではありません。

“地向斜理論”を支持はしません。そこまで戻る必要はありませんが、地学研究者の皆様には、「プレート論」や「付加体論」を捨てて、今一度「日本列島の基盤学」に戻っていただきたいと考えます。

付加体論は「間違い」です。日本人の精神をスポイルしているように思えます。

木村敏雄氏の「日本列島の地殻変動ー新しい見方からー」を本日注文しましたので、勉強してみます。

付記:

 「そんなの嫌だ」という言葉をどこかで聞いた覚えがあったのですが、思いだしました。昔、この研究所を開く前に、悩みのある方々の人生相談に乗っていた時期があります。ある時、相談が終わってから、年配のご婦人の「人生で一番嬉しかった話」というのを聞きました。

 ご婦人はある理由があって、自分のお腹を痛めない上の子供と、自分の子供と二人を育ててきたそうです。本当に自分の子供と思って育てたそうです。上の子が成人して、就職のために戸籍謄本を取り寄せたときに、「しまった、本当のことを話してなかった」と後悔したそうです。

 しかし『真実』を知らせた時、上の子供が「そんなの嫌だ、僕はお母さんの子供だよ〜」といって抱きついてきたそうです。「あのときほど嬉しかったことはありませんでした」と述懐していました。聞いてる私も嬉しかったです。

「日本列島がゴミ捨て場」だなんて聞いた学生が「そんなの嫌だ」と叫ぶ気持ちが分かるような気がします。

学生には本当のことを教えてやって欲しいです。

2484
Date: 2017-05-18 (Thu)
学問の世界における東京大学の社会的責任感が欠如しているのでは
泊次郎氏の「プレートテクトニクスの拒絶と受容」については、[2464]、[1829]、[1726]、[1496]などで何度もコメントしてきました。

 私は「特定の思想が科学の発展を遅らせた事例として忘れるべきではない」と考えておりますが、氏の学位記を授与したのが「東京大学大学院総合文化研究所」です。

 東大はいわゆる「メクラ判」を押して学位記を授与したのかな、とも思ったのですが、研究所の磯崎行雄教授が同じような判断を記念講演でされています。

 また、泊氏の書籍には「論文作成に当たって、磯崎行雄、上田誠也、平朝彦、松田時彦らの教授ら20人から体験談を聞いて纏めたとあります。同じ意見の”プレート村“の人から聞いた話を纏めたもののようです。磯崎教授の話(ほんの一部)を紹介します。
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磯崎行雄氏スピーチより

 おそらく20世紀の地球科学の中で最大級の科学革命はと言うと、やはりプレートテクトニクスの創出以外には考えられません。これが他を圧倒して一番飛び抜けています。

プレートテクトニクスはカナダ人地質学者であるTuzo Wilsonが1966年にまとめあげました。  

一旦このような大変革が起きると、その前後の時代で人々の考え方がすっかり変わってしまいました。これはプレートテクトニクスそのものを研究している人だけでなく、岩石学者、古生物学者、堆積学者なども同様でした。誰もが地球を相手にしている限りは、この大きなパラダイム転換時に、それまで常識だと思ってきた前提を大幅に改めねばならなくなったからです。そういう意味で非常に大きな変化が世界中の地質学者に起きたわけです。  

 1966年に体系化され、1970年までに欧米の地球科学者のほとんどは、プレートテクトニクスを受け入れました。

 その頃の日本では、不幸なことに東京大学や京都大学などの主要大学にプレートテクトニクスに反対する(実は理解できなかった)先生方がおられたり、物理学/化学を地質学に導入することに反対した世界でも稀な勢力が強かったりして、プレートテクトニクスの受け入れに異様な長時間を要しました。

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 最後のコメントはまったくの逆であります。

プレート論に反対の立場の、藤田至則、星野通平、木村敏雄教授らの話も取り入れなければ、公平な科学論とは言えません。  

 泊氏も磯崎教授も、今問題にしている日本発のテーマである「四万十帯付加体論」の発信者である平氏の前で、ただただ「四万十帯は海側上がりである」という「恣意的な取り上げ方」を信じてしまったのでしょうか。

 学問の府としての東大教授の責任感と、朝日新聞記者としての科学的な取材姿勢がまったくなかったとしか言いようがありません。  泊氏には、[2464]に紹介した信念が今もあるのなら、責任を感じていただきたいものです。また「東京大学大学院総合文化研究所」にも何がしかの責任はあると思います。

 コンクリート片を見誤った佐藤教授といい、東大という社会的権威を纏った方々の責任感の無さが問われているように思います。

付記:

都城秋穂著『科学革命とは何か』(岩波書店)にも以下の文章があるそうです。これがほんとうのことならば、日本の学問界は現在「逆の立場での」全体主義に陥っています。プレート論全体主義です。

 日本は、その地質学界が世界から孤立する傾向がある点でも、制度上あるいは社会組織上の地位の高い人が学説に対して統率力をもつ点でも、ソ連邦に似ている。そして日本は、プレートテクトニクスに対する反対運動が、世界で最も激しく長く組織的に続いた国である。日本の地質学者の反対運動は、ほとんどすべて地向斜造山説の立場に立っていたが、ベロウソフのように地球全体のテクトニクな過程についての自分の学説をはっきりと組み立てた人はいない。反対者が反対を続けた主な理由は、自分は昔から地向斜造山説の立場に立って論文を書いているから、いまさら説を変えるのは体面にかかわるとか、自分の大学や関係ある組織上の権力者がプレートテクトニクスに反感をもっているから、自分がプレートテクトニクス側に立つとひどいめに合わされるだろうとか、反対側に立つ人のほうが多くて強そうだとか、何によらず新しい説には反対だとか、いうようなさまざまなことであった。


 地震爆発論以外にも「反プレート論」の立場で書かれた著作はある。その一部をしめす。

2485
Date: 2017-05-19 (Fri)
何を偉そうに言っているんですか、間違えているだけですよ
東大のゲラー教授がやっと退職したそうです。捨て台詞かどうかは知りませんが、「日本は地震予知できぬと認めよ」と述べているそうで、“あの”朝日新聞が報じています。

 何を偉そうに言っているんでしょう、「地震の原因」さえ把握できないで、地震学者として恥ずかしくないのでしょうか。

「氏も含めて地震学者があらぬ方向を向いているから、予知ができないでだけです。正しいメカニズムを把握せずに予知ができるはずがありません」

と、日本を去る(かどうかは知りませんが)土産話に献上したいと思います。  

地震爆発論を「爆笑した」([1989]参照)見返りはどこかで(歴史の上、科学史の上かもしれませんが)つけねばならないでしょう。

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「日本は地震予知できぬと認めよ」 学者が科学誌に論考


ロバート・ゲラ―元東京大教授=東京都中央区

朝日新聞デジタル 5/18(木) 10:42配信

「日本は地震予知できぬと認めよ」 学者が科学誌に論考

 日本政府は地震予知ができないことを認めるべきだ――。こう題した論考が英科学誌ネイチャーに18日、掲載された。東日本大震災から6年を経ても、科学的根拠が乏しい地震予知や長期予測に頼っているとして、防災政策を改めるよう促している。

 筆者は米国生まれで、今年3月で東京大教授を退職した地震学者のロバート・ゲラーさん(65)。1984年に来日して以来、日本の地震研究が地震の予知に偏っていることに疑問を抱いてきた。

 論考では、東海地震に備えた大規模地震対策特別措置法(大震法、1978年施行)が、地震の前兆現象の観測を前提にしていることや、南海トラフ地震などの大地震が周期的に起こるという考えに基づき、発生する確率を算出していることについて、いずれも「科学的根拠はない」と指摘している。

 一方で、東日本大震災を起こした地震は「想定外」だとして、現在も予知や予測に基づいた政策を続けていることは不適切だと批判した。

 ゲラーさんは「政府は国民に正確な直前予知ができないことを伝え、堅実な科学研究に基づいた地震対策をすべきだ。ネイチャー誌も、東日本大震災後に改善の兆しが見られない日本の地震学の状況を憂慮して論評の場を提供してくれたのではないか」と話している。(竹野内崇宏)
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 ゲラー氏が東大に席を持ったのは、金森博雄教授の引きがあったからである、とどこかで読んだ記憶があります。(氏の著作「日本人が知らない「地震予知」の正体」でした)

 今後怪しげな外人教授は呼ばないように気をつけて欲しいものです。

ただし、「大震法に科学的な根拠無し」というのは正解です。氏の論理にも科学的な論拠はありませんが・・・。

 日本国民の税金から高給を食んだのでしょうから、帰国の前には地震爆発論学会(納税者の一部です)からの公開質問状へ回答をお願いします。

2486
Date: 2017-05-19 (Fri)
付加体理論に含まれる多くの矛盾
[2466]で解説したように親亀や孫亀のような「海洋底拡大説」や「プレートテクトニクス」がこけたのですから、「付加体理論」もこけます。必然的に成立しません。よって付加体理論を吟味する必要もないのですが、あまりにも次々と新しい「用語」が打ち出されて、困惑してしまいます。

 付加体理論には「底付け作用」という概念も“発明”されています。
図解「プレートテクトニクス入門」から紹介します。


何度も言いますが、プレートは自重で沈降しているとされています。とすれば、沈降する物質が上の物体に付着するメカニズムが存在しません。なぜそのまま沈降しないのでしょうか。沈んでいく物体が「引き剥がされる」ということもあり得ません。「海山だって潜る」という現象とは一致しません。

 吟味にも値しないような内容が、付加体論には次々と出てきます。

 「底付け作用によるデュープレックス構造のでき方」というのもそうです。  沈降中になぜ断層が出来るのか、なぜ積み重なるのか、それが繰りかえされるメカニズムは何か、など説明不可能な内容です。

 落下中の岩盤に断層など決して出来ません。

 くどいようですが、四万十帯は南帯も北帯も「北上がり」で、「南上がり」になるのは、つまり普通の地層と違って上ほど古い地層が見えるのは「褶曲」のほんの頂部・一部分だけです。([2479]参照)

古木の枝を見てどうやって育ったかを推定しているようなものです。本当は、根っこを見ないと分からのと同じことです。「樹医」ならそんことはしません。

2487
Date: 2017-05-21 (Sun)
付加体シークエンスとは一般の地層というだけのこと
「付加シークエンス」という用語があるそうです。
付加体は「初生層序が保存されない」、つまり「上が古くて下が新しい」という概念が定着しているようですが、そうでもなくて、「初生層序が保存されている」地層があるので、それを指して「付加シークエンス」と呼ぶそうです。 付加体という概念を捨てれば、単なる「普通の地層」と言えばすむことです。
シークエンスとは「連続」という意味です。

紀州四万十帯団体研究グループの鈴木博之氏の報告を抜粋して紹介します。

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四万十付加体の多様性:付加シークエンスの提唱

<はじめに>

丹波帯・秩父帯のジュラ紀付加体や四万十帯の白亜紀付加体の研究が進む中で、付加体の一般的特徴が明らかとなり、付加体では大小規模のスラストで海洋プレート層序が寸断された覆瓦ファン構造やデュプレックスが発達し、緑色岩類は変形の強い構造メランジェとして産出し、初生的な層序が保存されていないという概念が定着している。その結果、付加体は付加コンプレックスと称されて、構造層序ユニットによる区分が行われている(中江2000)。
しかしながら紀伊半島の四万十帯では、上述のような典型的付加体のほかに、変形が弱く初生的構造を比較的よく保存する付加体が存在することが明らかとなりつつある(鈴木・紀州四万十団研2006)。

<付加コンプレックスと付加シークエンス>
このように多様な付加体をすべて付加コンプレックスと称することには無理がある。とくに初生層序の保存された付加体は、チャート・砕屑岩シークエンスの用例を参照して、付加シークエンスaccretionary sequenceと称することを提案する。紀伊半島の四万十付加体では、花園層・湯川層・美山層・竜神層が付加コンプレックスに、音無川層・野竹層・牟婁層が付加シークエンスに相当する。付加シークエンスはスラストで構造ユニットに区分され、各構造ユニット内部では層序が成り立つので、層序ユニットとして「層群」と言う名称を使うことができる。
なお、多様性の要因としては、海洋プレートの年齢,沈み込みの速度と斜交度、剥ぎ取りのレベル、底付け作用の有無、海溝への粗粒砕屑物の供給量、海溝堆積物の岩石物性などが考えられるが、今後具体的に検討したい。

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付加体理論を否定していた「地学団体研究会(地団研)」も現在ではプレートテクトニクスを支持しているそうで、紀伊半島における四万十付加体研究の新展開には、

「再生四万十団研は、以前から継続していた牟婁層群の含角礫岩や放散虫化石の研究を進展させるとともに、地向斜造山論に基づく従来の成果をプレートテクトニクスに依拠して、全面的な再検討を行った。」

という記事があります。


何箇所かに「付加シークエンス」という表示が見えますが、「層序が逆転していない普通の地層」という意味に過ぎません

プレート論を受容する「地団研」の流れの中でも、紹介したように、層序が成立している「普通の地層」もあることが認識されているようで、「付加体論」を完全には受容できてないのではないでしょうか。

石田理論(地震爆発論、クラストテクトニクス論)で考えれば、層序が逆転しているのは「褶曲」が90度以上に「捲りあがった変動」によって形成され、成立しているのは「褶曲」が90度以下の「捲りあがった変動」と解釈すればいいことになります。「褶曲」は時期的な間隔を置いて何度も起こったと考えられますので、地質構造が複雑になります。
石田理論では「プレートが運んできた付加体」というような概念を導入する必要はありません。

多様性の要因は記事にあるような内容ではなく、高温度下での褶曲作用の履歴が複雑であったということでしょう。

 石田理論ではプレート論も付加体論も完全否定しています

2488
Date: 2017-05-21 (Sun)
地質学の悩乱・プレートテクトニクスの受容が根源的ミステーク
地団研の「地向斜理論」が正しいとは思いませんが、プレートテクトニクスを「受容」してしまったために迷路に入って「悩乱」しているように思えます。

「付加シークエンスの提唱」はそれを意味しているのではないでしょうか。

「受容」しなければ、付加体理論を取り入れる必要もありません。「層序が逆転した地層」というのは、「捲れ上がり」が90度を超えた場合にできるもの、と言えばそれで済むことです。わざわざ「付加シークエンス」という新たな用語を持ち出す必要はありません。

四万十帯の多くが「北上がり」であることは、「層序が逆転するほどの褶曲」は起きていないことを意味しています。場所によっては90度を超えて「層序の逆転」が起きた場所もある、というだけのこと、あるいは「捲れ上がり」の頂部だけが地上に見えているというだけのことです。

 そもそも、付加体形成の概念図からみて、「層序」が逆点する以外の、つまり「正しい層序」になる機構が想像できません。付加体理論が正しいのなら、全てが「上が古く、下が新しい」地層になるはずです。  


−近畿の地質−基盤岩類より

プレートテクトニクスを受容したことが、「地質学の悩乱の始まり」といっていいのではないでしょうか。

2489 
Date: 2017-05-21 (Sun)
田辺市の四万十北帯は付加ではないことを“ひき岩群”が証明している
和歌山県田辺市にある「ひき岩群」が、日本の奇岩百景―ひき岩群にケスタという地形として紹介がありました。ケスタとは次図のような地層の傾斜から生まれる地形のことです。

ケスタ、メサ、ビュートなどの説明

田辺市の北部域が盛り上がってケスタ地形ができたと思われます。解説には次のようにあります。

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ひき岩群(ケスタ地形)の近景........................大坊からのひき岩群の遠景。 田辺湾を望む。

ひき岩群と大天井を望む大坊地区は、水はけの良い砂岩層や砂岩泥岩互層(音無川付加シークエンス)となっており、その南斜面を利用して柑橘(主に温州みかん)の栽培が盛んで、おいしいミカンの産地として有名です。 近接する音無川付加シークエンスの瓜谷層(泥岩層)の分布域は、南部梅林(みなべ町)や田辺梅林(田辺市)など、梅の大産地になっています。

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音無川付加シークエンスということはこの地層が「上が古く、下が新しい」という付加体ではないことを意味しています。梅の栽培地であるこの一帯は海の向こうから運ばれてきたものではありません。

[2487]に示した紀伊半島の地質図を見ると「音無川付加シークエンス」というのは四万十帯の北帯を構成していることが分かります。([2479]  付記(1)参照)

四万十帯が付加体であるという主張は現地の地層から否定されるのではないでしょうか。

2490
Date: 2017-05-22 (Mon)
黒潮古陸は「初期のムー大陸の一部」ではないのか
徳岡隆夫(島根大名誉教授)先生の黒潮古陸に関する興味深い記事を見つけました。「黒潮古陸」という言葉を聞いたことがなかったので、Wikiでしらべたら、次のようにありました。
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黒潮古陸(くろしおこりく)は、紀伊半島の南方にかつて存在したと想定された仮説上の陸地。1960年代から1970年代にかけて、日本の地質学で主流であった地向斜造山論によって日本列島形成を説明するために着想された。1965年頃に、地学団体研究会傘下の紀州四万十帯団体研究グループによって提唱された。
陸地が存在したとされる太平洋の海底調査の進展や、1980年代以降のプレートテクトニクスと付加体による日本列島形成理論の構築に伴い、現在では学術的に「過去の仮説」となっている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 徳岡先生の記事は{ムー大陸}を想定させるもので、大変に貴重な視点であると思います。残念ながら、記事にもありますが、プレートテクトニクスの受容によって「過去の仮説」になってしまっていますが、紀州四万十帯団体研究グループには、「クラストテクトニクス」を取り入れて、是非とも「黒潮古陸」のテーマを復活させて欲しいと思います。 URBAN KUBOTA No.12/21にある徳岡先生の記事を抜粋して紹介します。


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南紀海岸と黒潮古陸
徳岡隆夫=京都大学理学部地質学鉱物学教室

E黒潮古陸の拡がり

紀伊半島での研究から黒潮古陸の存在が明らかとなったが、その他の四万十帯でも同様の証拠がみられるであろうか。四万十帯は赤石山地から沖縄まで、1つの帯をなしているのであるから、もし紀伊半島の沖あいに黒潮古陸があったとするならば、他の地域にも同様にあったのではないかと考えるのは当然であろう。1968年に南方陸地説を出して以来、筆者らは東へ、あるいは西へと”2つの証拠”を求めて飛びまわった。


図8−正珪岩礫の産出地点と太平洋側からの古流系 <水路図複製・海上保安庁承認第500036号>

図8は、これまでに黒潮古陸の証拠があがったところである。最近では、台湾でも陸地の存在が報告されたことを追加しておこう。

すなわち黒潮古陸は、四万十地向斜の南側に、それと同様の規模で連続した陸地であったと推定される。

つぎに、黒潮古陸からもたらされた礫は、例外なく円磨されているという事実がある。すなわち、黒潮古陸の上を流れる川は、いくつかの岩石の地帯を横切って流れ、その川は海にそそぐまでに、削りとった岩石を円磨させるに足る充分な距離をもっていたのである。地質学者の経験からすると、黒潮古陸は少なくとも現在の日本列島規模はあったであろう。

F黒潮古陸の消滅

では、黒潮古陸はいつ消滅したのであろうか、紀伊半島では、四万十帯の地層を傾斜不整合で覆って、西に田辺層群、東に熊野層群が分布している。
傾斜不整合は、四万十帯の地層が造構運動をうけて陸となり、浸食作用をうけたことを示している。田辺層群や熊野層群は、中期中新世(約2、000万年前)の海成層であるので、黒潮古陸はこれらの地層の形成時には、すでに”沈没“していたことは明らかである。おそらく、四万十地向斜の堆積盆が埋めつくされ、造構運動によって陸化すると、それまで砕屑物質を供給しつづけてきた黒潮古陸は、沈下したのであろう。
中期中新世の造構運動は、紀伊半島のみでなく広く四万十帯全域にわたって認められ、≪高千穂変動≫とよばれている。また、この時代はフォッサマグナから東北日本にかけて、グリンタフ地向斜の海が急速に拡がっていった時代でもある。黒潮古陸の”沈没”は、このような日本列島全体に認められる運動と密接に関連していたことは明らかである.それはまた、フィリピン海や、ひいては太平洋の形成ともおおいに関係があるのであろう。

Gフィリピン海

これまでは地層に印された記録から、黒潮古陸の存在についてのべてきたが、海底に直接証拠を求めることは出来ないであろうか。地殻の構造からみた陸と海の境は、もちろん地形的な境とは異なっていて、紀伊半島沖でみると、西南日本海溝(南海トラフ)のところで、潮岬の沖あい約50kmにある。この範囲までに黒潮古陸が存在したことには、学界でもそれほど異論はないところであるが、それを越えてさらに南まで拡がっていたかどうかということになると、問題は多い。しかし、すでにのべたように黒潮古陸が日本列島規模ということになると、どうしても海溝の外にまではみ出してしまうことになる。もちろん海溝が形成されたのは非常に新しい時代なのであるが、海溝の外側は海洋型の地殻をなしていることはよく知られている。したがって、古陸が海溝の下にもぐりこんだか、あるいは大陸の海洋化が起ったのか、どちらかということになる。

 前者は最近のプレートテクトニクス説にもとづく考え方であるが、後者のほうはどうであろうか。じつは、フィリピン海にかつて大陸があったのではないかという考えは、古くから日本の地質学者によって唱えられていた説で、サイパン、グァム、ヤップ、パラオなどの諸島には、花こう岩や閃緑岩などの陸的要素を多分にもった岩石が知られているし、陸と海とを境するといわれる≪安山岩線≫はフィリピン海のはるか東にあって、太平洋をとりまいている。またフィリピン海の地殻構造をよく検討してみると、奄美海台,北大東海嶺、沖大東海嶺などには、どうやら陸的な要素がうかがえるのである。

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1968年に「南方陸地説」が出ていたとは驚きました。記事にもありますが「海溝の外側は海洋型の地殻」という事実が「南方陸地説」の弱点になったのでしょう。大陸地殻でも海没すれば、地殻の下方は融解して薄くなることが理解されていません。海水の密度は空気よりも高く、深海では移動が小さいので、断熱効果に優れ、地球内部の熱を放出しません。

それが原因で、海洋底の地殻は薄いのです。([1778][861]参照)  それが理解されていたら、プレート論に屈することはなかったでしょう。    また、「大洋化説に基づいた世界海底地質構造図」によれば、紀伊半島の沖合いにはD(大陸化方式(中新世)の地域)が存在しますし、その両側には第2のタイプの島弧と識別された二本の帯が見えています。


プレートテクトニクスおよび付加体理論を受容したために、こうした地質学上の科学的な証拠が忘れ去られ、真実が見えなくなってしまっていることが残念です。

 地震爆発論学会としてはクラストテクトニクス理論から考えて、「熊野古陸」を支持しますし、「地向斜論」に拘束されないで、もっと進んで「ムー大陸」の実証にまで進んでいただきたいと願っています。

ただし、記事には2,000万年前には沈下したとありますが、「ムー大陸」の本体部分が沈んだのはもっと新しい1万5千年前の出来事です。

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