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2451
Date: 2017-04-24 (Mon)
ジオポエトリスト?の下では科学の進展は望めない
 石田理論(仮説)では地向斜造山運動を支持はしておりません。
 地殻はマントル内部にも存在する解離ガスの爆発現象(地震)により、海底から浮上したり、海底に沈降したりを繰り返してきたはずです。これはグランドキャニオンの地層が証明しています。  また、その様に激変する地殻変動時には地殻の滑動(ポールシフト)が起き、地球の姿勢が何度も変化してきたはずです。これが、ギョーや平頂火山(テプイ、テーブルマウンテン)が各地に存在している理由だと解釈しています。([2449]など参照)

したがって、プレート論も地向斜論も否定していますので、放散虫革命によって地向斜論が否定されたのかどうか、プレート論が一気に認定されたのかどうかには、関心がありませんでした。


放散虫

 しかし、巷には「放散虫革命」が偉大なことで、付加体理論という革命的な理論につながったという考え方があるようです。「宏観亭見聞録」の記事を抜粋して紹介します。

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放散虫革命とプレートテクトニクス

プレートテクトニクスは1960年代の後半に発展し、ヨーロッパやアメリカでは広く受け入れられてきました。ところが、日本の地質学界はソビエト連邦(現ロシア)と並んでプレートテクトニクスに対する抵抗が強く、1970年代末になっても、プレートテクトニクスを認めず、地向斜造山運動によって日本列島の形成を説明しようとする勢力が学界を牛耳っていました。

そんな学界の閉塞状況を打ち破って、地向斜造山運動論に止めを刺し、頑迷固陋な抵抗勢力の息の根を止め、一気にプレートテクトニクスを受け入れさせる契機となったのが、1970年代末から1980年代初頭の数年間に起こった「放散虫革命」でした。
(これにより、)地向斜造山運動論は成り立つ余地がなくなりました。
「革命の渦中にいた」福井市自然史博物館の研究者による放散虫革命のわかりやすい解説記事が「福井県南条山地における放散虫革命」です。

放散虫革命の立役者の一人が、高知大学理学部助教授だった平朝彦・国立研究開発法人海洋研究開発機構理事長です。以下は『プレート収束帯のテクトニクス学』(木村学、東京大学出版会、2002)からの引用です:

『 日本の地質学界は世界に遅れること十数年にして、プレートテクトニクスを新たな証拠とともに受け入れることとなったが、逆にこの放散虫革命は日本の地質学界でしかなし得なかった新たな到達点であった。1981年アメリカ地質学会のペンローズ会議における平朝彦の四万十帯研究成果の発表は、集まった世界の付加体研究者に大変な衝撃を与えた。日本列島は付加体研究のフィールドとして一挙に世界の最前線に躍り出ることになった。今や付加体の研究をするうえで、日本列島を無視することはできない。』

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記事にある「福井市自然史博物館の研究者による解説」を読んでみましたが、なぜ、放散虫の解析からプレート論が支持されるのかは理解できませんでした。地殻がアップ・ダウンを繰り返し、断層が各所に発生していてもおかしくはありません。グランドキャニオンのように地殻が厚い場所・期間もあれば、日本列島のように薄い場所・期間もあるはずです。薄い場所・期間には地震が多発し、断層という傷跡がたくさんできるのは当然です。

「付加体仮説」についてはニューオフィス383919などに解説していますが、ジオポエトリー([2436]参照)そのものだと思います。

「平朝彦の四万十帯研究成果の発表は、集まった世界の付加体研究者に大変な衝撃を与えた」とありますが、プレート論の矛盾を見抜いていたベロウソフ教授ならジオポエトリーとして、無視したでしょう。当時は74歳のはずですが、参加していたかどうかはわかりません。

東大の地震研究所や国立研究開発法人(海洋研究開発機構など)のトップにプレート論者が座っている国はジオポエトリストの天国ではありますが、科学の発展は望むべくもありません。  なぜなら、ジオポエトリーが幅を利かす共同体では、講演会の取材依頼で新聞社を訪問し、拙著を献本しても、「査読論文はありますか?」と問われます。「査読論文」とは、ジオポエトリーを賛美しないと合格しないものです。よって、端から受理を拒否される「地震爆発論」が査読審査に合格するわけがありません。よってメディアに報道されることはありません。

 こんな世界でジオポエトリーを打破するのは「ベルリンの壁」を破壊するような困難な仕事なのです。

注:
ジオポエトリストとはヘスが名づけたジオポエトリー(地球詩)を作る人という意味ですが、このセミナーでは御伽噺作家、寓話作家、神話作家などと表現してきた、科学的でない論理で作り話をする人のことです。
「プレートテクトニクスに対する抵抗が強く、1970年代末になっても、プレートテクトニクスを認めず」とありますが、もっと根強く抵抗して欲しかったですねぇ、壁ができる前に・・・壁ができないように。

2452
Date: 2017-04-21 (Fri)
付加体は一つのジオポエトリーに過ぎない

 [2451]では「放散虫革命」がなぜプレートテクトニクス理論の認定に結びつくのか理解できないとコメントしました。

 放散虫は示準化石になること、古い時代の地層に新しい時代の放散虫が見つかること、などから沖合いからプレートに運ばれてきて「付加体」となったという話が載っていますが、そのようなジオポエトリーによらなくても、ニューオフィス38に示す付加体(四万十層群)の説明は可能であります。


付加体説でなくとも褶曲説で説明ができる
青矢印の方向に日本列島は成長していることになっているが・・・
高知湾は白鳳地震で大陥没していて、陸地が広がっている形跡はない
写真の褶曲は左右を反転させて表示しました。

 地殻は何度も海底に没したり、海上に隆起したりしているはずです。海底に没したときには、マグマの熱で融解されるので地殻は薄くなります。つまり、かなりの部分が半融解状態になって地層は簡単に褶曲作用を受けるはずです。その褶曲が次に隆起して陸地になったときには固形化しているのですごい圧力が作用して形成されたように見えますが、半融解状態なら簡単に褶曲します。

 小規模なものは、日南海岸に見られる「千畳敷」のような傾斜した地層になるわけです。湾曲した褶曲構造はアルプスでもヒマラヤでも見ることができます。


日南海岸の千畳敷

大地を眺めるというサイトにはプレート論では説明できない室戸岬の四万十付加体の話が載っています。抜粋して紹介します。

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 室戸岬は付加体四万十帯に属します。四万十帯は、安芸(あき)構造線とよばれるもので、南北に2分されます。北側の古い付加体を四万十帯北帯、南側の新しいものを四万十帯南帯と区分しています。北帯は、おもに白亜紀の付加体、南帯はおもに第三紀の付加体からできています。  

 付加体には上で述べたように海洋プレートの破片が入り込むことは、ごく当たり前に起こっています。ところがこの斑レイ岩は、まわりの地層(前期中新世の津呂層)に貫入している貫入岩であることがわかりました。  
  付加体の中に見られる火成岩類は、マグマからできているのですが、冷え固まった岩石として混入しますから、まわりの付加体とは貫入関係はできません。このような岩石の起源を「異地性」と呼び、その固まりを「オリストリス(異地性岩塊)」といいます。ところが、室戸岬の斑レイ岩は、熱いマグマとして地層に入り込んでいます。熱いマグマが入ってくると熱の影響(接触変成作用といいます)をまわりの堆積岩に与えています。まわりの堆積岩は、熱を受けて変成岩(フォルンフェルスと呼ばれる)になっています。一部では、溶けているところすらあります。つまり、熱いマグマが地層に入ってきたのです。これこそマグマの貫入の様子です。  
さらに、斑レイ岩から派生した火成岩(グラノファイヤーと呼ばれる岩石)の形成年代は、1440万年前(中期中新世)で、斑レイ岩もほぼ同じ年代にできたと考えられます。この年代は、まわりの地層の年代(前期中新世)とは明らかに違っています。マグマに残された磁気(古地磁気といいます)の研究から、地層に水平に貫入したこともわかってきました。
  以上のことから室戸岬の斑レイ岩は、付加体が形成された後、あるいは形成している場の中で火成活動があったことを示しています。その場所は海溝付近です。それは、特異な火成活動(near-trench magmatismと呼ばれています)を意味します。   従来のプレートテクトニクスの考え方では、なかなか位置づけられない(説明できない)火成作用となります。なぜかというと、沈み込み帯での火成作用の起こる場所は、海溝から一定の距離をおいたところです。現在の列島(島弧と呼ばれています)では、火山のできる場所は、列をなしており、火山前線と呼ばれています。島弧の火山のメカニズムは、ほぼ解明されてきました。ところが、室戸岬の斑レイ岩は、火山前線よりずっと前に位置します。そこは温度も低く「火のないところ」でもあります。そんな冷たい場所で、マグマができているのです。不思議です。  
実は、足摺岬にも潮岬にも、そのような不思議な火成岩類があります。これらの火成岩は、今後プレートテクトニクスをより深く理解するためにも、重要な役割をはたすことでしょう。

   
室戸岬に見られる付加体の中のタービダイト層 ..... すさみ町天鳥海岸の褶曲
タービダイト(乱泥流堆積物)とは、砂や泥が海水と混ざった流れ によって海底に降り積もってできたシマシマの地層のこと、と通説では説明されている

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ここにも、プレート論の破綻が見えています。

プレートテクトニクスというジオポエトリーを捨てて、「地殻は浮沈と滑動を繰り返している」というクラストテクトニクスに切り替えないと、紹介したような「不思議な火成岩」の説明もできませんし、その他の「地球上の謎」も解決しません。

ニューオフィス19伊豆半島は海の向こうから来たのではない」にも紹介したNHK「地球大紀行」の上田誠也氏の解説記事では、「大陸が大きくなるのは、付加・衝突テクトニクスである」、「アジア大陸そのものもまた、外来地塊の集合であることがだんだん明らかになってきている」と暴走気味になっています。

最後には「インドの衝突によってユーラシア・プレートが大変形を行っていることは明らかであろう。プレートは衝突すれば変形するのである。となると、不変形性からプレートは剛体であると主張したプレートテクトニクスは何であったのか。移動する大陸や拡大する海洋が変形しないのは、剛体だからではなく、衝突がおこるまでは大きなストレスを受けないからに過ぎないのではないか。この辺りが次の世代のトピックになるだろう。」と大暴走であります。

次世代の若者を迷宮の中でミノタウロスの餌食にならないようしてあげないといけません。

地球の科学を前進させるために、

勇断を発揮して、「壁」を撤去しよう!

追記: foldsで検索すると種々の「褶曲」の実例がみつかります。
以下は、その一例で、キング・オスカーフィヨルドにあるCaledonian orogeny fold です。

グリーンランドにあるKing Oscar Fjordの褶曲

このような褶曲は完全に冷却した後の固形化状態では形成されませんので、地殻が海底下に沈降し、高温の環境下で半熔融状態だから起きた変形だと思われます。地殻は想像以上に頻繁に、浮沈と滑動を繰り返してきたことを物語っています。
褶曲構造が大陸上にいくつも存在すること、岩塩層は大陸にも、海底の下にも存在すること、海底にも鍾乳洞があることなどなど、がそれを物語っています。地球はプレート論で説明されるような単純な機構で形成されてきたのではありません。

2453
Date: 2017-04-23 (Sun)
迷宮「プレートテクトニクス」物語?
ヘルメスの盟友テーセウスは怪物ミノタウロスを退治するためにミノス王の宮殿地下にあったラビリンス(迷宮)に単身忍び込みました。怪物を退治した後は王女アリアドーネから貰った糸玉を手繰って迷宮を脱出しました。

私は今プレートテクトニクスが展開する造山活動論を眺めていて、付加体とかオロゲンとかクラトンという概念の前で途方にくれる思いです。ラビリンスを作ったのはダイダロス親子ですがここまで壮大なる地球科学の迷宮を構築したのは多くの学者たちの力だったのでしょう。

糸玉をくれる王女はいませんので、参考になりそうな資料を探して地道に“怪物退治”を実行しなければなりません。 まず、目に入ったのが、山賀氏のサイトにあるイラスト(付加体の概念図)と造山運動というアニメです。


サンゴ礁とギョーは成因がまったく異なります。サンゴ礁はサンゴ虫が作りますが、ギョーは火山です。明確な成層の火山です。
平頂な海山ギョーが図のようなメカニズムで形成されるのではないことは解説してきました。

造山アニメ

造山アニメについては以下のような矛盾・質問があります。

アニメその1

「冷たい海洋プレートは、マントルよりも比重が大きいので、マントルの下に沈み込みます。」

とあります。プレートもマントルも固体ということですから、これは「アルミの板の上に鉄板を乗せておくと、鉄板の方が重いのでアルミの中に潜っていきます」と言っているようなものです。

「海洋プレートの上に堆積した砂や泥の堆積物は、マントルよりも軽いために、沈み込むことができません」

とあります。これは「石や泥ではなく砂鉄を沈めれば、アルミの中にもぐりこんでいきます」と言っているのと同じです。

「堆積物は地下深くに引きずられながらも、沈み込まずに、大陸に「付加」します」

とあります。これは「九州の菱刈鉱山や伊豆の金山の金は泥や砂から生まれたのでしょうか?」という疑問に答えなければいけません。

アニメその3

「若いプレートは、充分に冷え切っていないため、比重が小さいです。よって海洋プレートの沈み込み角度は、海嶺が海溝に近づくに連れてどんどん浅くなっていきます」

とあります。これは「海嶺はアメリカ側へは移動しないのですか?なぜ日本の方にだけ動くのですか? 小笠原やマリアナ付近では垂直に潜り込んでいるはずですが、プレートが若くないのですか?」という質問に答える必要があります。

「変成を受けた堆積物が、プレートと地殻・マントルに「搾り出される」ように、上昇する」

とありますが、「固体(アルミ)の中を上昇する仕組みは何ですか?固体は雑巾とは違うと思うのですが?」という疑問が湧きます。

「若いプレートは、高温であるために、圧力が上がるだけで融解をはじめ花崗岩マグマを生じます」
とあります。

「なぜ玄武岩マグマにならずに、花崗岩マグマになるのですか?小笠原付近ではどんなマグマができ、どのように上昇するのですか?垂直にプレートが沈み込むのと衝突しませんか?」などなど・・・。

アニメその4

「海嶺が海溝へ沈みます。そして付加体をいっきに持ち上げ、山脈を作ります」

とありますが、「いっきに持ち上げる力はどこから生まれるのですか?アメリカ側の山脈はどうしてできるのですか?海嶺は分裂してアメリカ側にも移動していくのですか?」・・・などなど。

「日本列島の誕生創作物語」としては「国引き物語」と同じ程度の出来かもしれませんが、科学的な物語ではありません。

アニメその5

 「約一億年に一度、海嶺が沈み込むたびに造山帯の単位(オロゲン)が形成される」とあります。

 海嶺で誕生したプレートは2億年かかって海溝に達するという話は間違いなのですか?海溝そのものが移動するメカニズムは何ですか?現在東太平洋にある海嶺は、今後日本海溝で日本の下に消えていくとすると、次にはどこでどのようなメカニズムで海嶺が誕生するのでしょうか。フィリピン海プレートには現在海嶺が存在しません。つまり、誕生場所のない幽霊のようなプレートですが、南海トラフで潜り切ったらプレートが無くなるのでしょうか、それとも、新しいプレートと海嶺が誕生するのでしょうか。どれはどんなメカニズムですか?

 「日本列島は4回もの海嶺の沈み込みで「不連続的に」肥大成長した」とあります。

 4回も海嶺が沈み込んだ形跡があるのでしょうか?その海嶺はどこで誕生したのか?アニメ3の質問にもありますが、海嶺はアメリカ大陸側へも動くのか、日本側にだけ向かってくるのか?プレートの移動はテーブルクロスが引っ張り降ろすのであるという能動的移動論と、付加体の形成とは矛盾しませんか?つまり沈降するプレート上の堆積物がなぜ鉋屑のように削られるのですか?

プレート論は何の証明もないまま、壮大な御伽噺(ラビリンス)の世界を作っています。

2454
Date: 2017-04-23 (Sun)
第一鹿島海山は「付加しつつある」のではない
[1491]山が地下に潜るという寓話では、第一鹿島海山付近で富士山クラスの大きな海山がプレートの下部に潜り込んでいる、という東大地震研究所の論文を紹介し、そのような解釈は間違っていると述べました。
そこには 『海底からの比高〜3000 mの海山が沈み込むことによって、M7級の大地震が発生する可能性が予測されていた。』
とか、

『約20万年前に沈み込みを開始した第一鹿島海山が海溝軸に接しているとともに、海溝軸より陸側の海底地形には海山の分布に対応するように、すでにいくつかの海山が沈み込んだ形跡も見ることができる』

という「プレート論、付加体理論は真実である」ことを前提とする解説がなされています。

 第一鹿島海山に関しても西半分がすでに海溝に崩落し、潜り込みが始まっているという見方が一般的にはなされています。ここで、宏観亭見聞録の記事を紹介します。

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『第一鹿島海山はさらに海溝軸に近づいています。すでに、山体の西半分が正断層によって海溝に崩落し、その部分の海溝が浅くなっています。さらに陸側の海溝壁には、第一鹿島海山から崩落したと見られる岩石が付加し始めています。日本列島のかなりの部分は、このようにして付加した海山や海台から構成されていると言われています。

第一鹿島海山の後には、香取海山、第二〜第五鹿島海山、磐城海山が北東方向に続いており、常磐海山列、鹿島海山列と呼ばれています。これらの海山もいずれは日本海溝から日本列島の下に沈み込む運命にあります。海山列を南西に向かって延長した陸側海溝壁には複数の盛り上がりが見られます。これらは、過去に沈み込んだ海山の痕跡と思われます。

第一鹿島海山は襟裳海山よりもさらに海溝への沈み込みが進行した段階を示しています。世界中の海溝を見ると、さらに沈み込みが進みほとんど山体が崩壊してしまったものや、沈み込んだ後の凹みが陸側海溝壁に残っているだけのものなど、さまざまな段階の海山を見ることができます。これらは、全体として、プレートが動いていることの「動かぬ証拠」となっています。』

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以上が紹介記事です。

 しかし、クラストテクトニクスを提案する石田仮説ではまったく違う見方をしています。
 以下に第一鹿島海山のスケッチと等高線図を紹介します。


日本海溝の外縁で分断され、日本列島に付加しつつある(と考えられている)第一鹿島海山
実際には潜り込んではいないし、付加もしていない

つまり、平頂火山として誕生した第一鹿島海山は地震による断層(図中に示す)で大きな段差ができましたが、海溝から潜りはじめたのではありません。
地震研の論文にある「陸側の海底地形にもいくつかの海底海山がもぐりこんだ形跡が見られる」というのは、そのような思い込みで見るから「見えてしまった」ということに過ぎません。

コンクリートの破片を活断層と見間違えた教授と同じ錯覚であります。

プレート論を頭から信じてしまうと、疑うことができなくなってしまいます。しかし、テープレコーダー理論のベースになった海溝付近の地磁気の縞模様は鉛直方向にもバーコード模様が存在することを知ったら、プレート論が嘘だということがわかるはずです。


地磁気の縞模様(ストライプ)は鉛直方向にも現れる
つまり、海洋底拡大説は成立せず、プレート論も成立しない

コンクリート片の失敗を繰り返さないでいただきたいものです。

信じ込んでしまうと、
見たいと思うものが見えてしまうのです

コンクリートの塊が活断層に見えるように

後記:

上田誠也先生も星野通平先生との対談で鹿島第一海山は潜り込んでいるのではない、マスコミがそのように報じたのが間違いだと語っている、と「大陸はなぜあるの?」に書いてあります。

海洋底の縞模様 その15
上田誠也先生からだいぶ前に頂いたプリント (「ラメール」誌1982年11月号、星野通平氏との海洋科学対談「海底は動いているか」) の中に、この第一鹿島海山に関して次のような、上田先生の謎の言葉がある。

[海山があそこにあって、山が断層でずれている、それがプレートの沈み込み現象を証明するものであるとマスコミが報じたのが、間違いなのでね。]

[あれがプレートが沈み込んでいる証拠の1つであるなどと思っている人は、まともなサイエンティストの中にはいないわけで。そういうこともあるかね、という程度のものでね。]

2455
Date: 2017-04-24 (Mon)
アンモナイト産地の考察における付加体論と大陸移動論は矛盾する?
北上山地のアンモナイト」というサイトでは、北上山地南部で採取されるアンモナイトは赤道付近で生息したもので、化石となり、海洋プレートに乗って東北山地の付加体になったという解説がなされています。
赤道付近に見つかる氷河の痕跡からは、全球凍結という話が出てくるのですが、アンモナイトの場合は、付加体となるべく赤道から移動してきたという話になっています。海嶺がどこにあるのかは不明ですが・・・。抜粋して紹介します。
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北上山地のアンモナイト −繁栄から絶滅まで−

北上山地は、アンモナイトが繁栄を始めたデボン紀から絶滅した白亜紀まで、すべての地質時代のアンモナイトを産出するわが国唯一の地域です。どうしてそのようなことが北上山地でだけ実現したのでしょうか? また、北上山地の南部で産出するペルム紀のアンモナイトは、赤道地域のものです。どうして日本で赤道地域のアンモナイトが見つかるのでしょうか?


北上山地における年代別アンモノイド化石産地

  アンモナイトはおもに浅い海にすみ、そこで化石となります。北上山地の南半分、南部北上帯には、中期古生代から白亜紀前期までの浅い海にたい積した地層が整然と残されていて、その中には浅い海で生きていたたくさんの生物の化石がふくまれています。主として浅い海で生活していたアンモナイトも当然ふくまれ、デボン紀から白亜紀まで、まさに「繁栄のはじまりから絶滅まで」のアンモナイトの化石を多く目にすることができるのです。日本の他の地域ではこのような地層の分布が限られていて、地域ごとに見るとごく一部の年代のものだけが産出します。

一方、北上山地の北半分、北部北上帯は、ジュラ紀の付加体からできています。この付加体は、現在の南太平洋あたりからやってきた、石炭紀からジュラ紀までの深海底や海山の頂上のたい積物と陸から運ばれてきたジュラ紀の泥や砂がまじりあってできています。これらのうち、アンモナイトが産出する可能性があるのはおもに海山の頂上でできた石灰岩だけで、あまり広い分布はありません。しかし、北上山地の北部では、付加が起こってから大陸のへりになったあとの白亜紀前期の終わりころ(約1億年前)から白亜紀後期にかけて、海岸沿いの地域に浅い海のたい積物がたまりました。その中には白亜紀のアンモナイトや二枚貝の化石が豊富に含まれています。

昔は赤道付近にあった? 南部北上帯  

アンモナイト化石の種類ごとの生息圏から、当時の古地理がわかります。ペルム紀のアンモナイトには、群集構成のことなる4つの生物区が認められます。比較的冷たい海であった北半球中高緯度の「北極区」、南半球中高緯度の周ゴンドワナ区、赤道周辺の「赤道アメリカ区」と「赤道テチス区」です。南部北上帯のペルム紀アンモナイト群集が、ペリニテス、シボリテス、アラクソセラスなど多数の赤道テチス区(熱帯)に生息したアンモナイトを含み、北極区のものが全くないことは、中期〜後期ペルム紀の南部北上古陸が赤道域に位置していたことを示しています。南部北上帯は、古生代前期に、当時赤道付近にあったゴンドワナ大陸の一部として誕生し(南部北上古陸)、その後中生代半ばまで赤道近くにあったため、みちのくの北上山地で熱帯域のアンモナイト化石を目にすることができるのです。


アンモナイト化石の種類ごとの生息圏から当時の古地理がわかる

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アンモナイトの研究も含んだ「地学」というものが、大陸移動やプレートテクトニクスを真理として扱う「信仰」(邪教ですが)に毒されてしまっているために、「本当の真実」が見えなくなってしまっています。

北部北上帯は、ジュラ紀の付加体(赤道付近からやってきた)とありますが、北上台地が「付加体」なのか、台地そのものが赤道付近にあって移動してきたものなのか、よく分りません。付加体を運ぶプレートがどこで誕生し、海嶺がどこにあったのかも不明です。なにか、都合のよいように解釈されている節があります。大陸移動と、付加体説とは整合性がないのではないでしょうか。

そうした、大陸移動論や付加体論のような斉一説による解釈よりも、地殻は激しく(といっても平均すれば数十万年に一回程度)浮沈を繰り返し、そのたびに地殻の滑動があったという劇変説のほうが、地球上の謎を合理的に解釈できるはずです。
北上台地も赤道付近の海底にあった時もあれば、極寒の地で氷床を載せていた時代もあったはずです。
鹿島海山がギョーである可能がありますが、日本付近も海底にあった時代や極域にあった時代など、いろんな経験をしてきたと思われます。
それが[1813]で紹介した「各地塊から求めた極軌跡」の意味するところですし、[2438]で紹介した地磁気の逆転現象の教えているところです。

地球は斉一論のような動きはしていません。劇変的に、たとえば、ムー大陸やアトランティス大陸が一昼夜にして沈没したというように、南極大陸が短期間に極地入りしたように、短時間に劇変する可能性があることをベースに科学的な研究をするべきです。

 プレート論や海洋拡大説の斉一論という矛盾を抱えたままで解釈するよりは、クラストテクトニクスで考えたほうが、「地球上の謎は解ける」と見ていたのが、アインシュタインのハプグッド教授支持の言葉の裏にあるのだと考えます。

上記「北上山地のアンモナイト」考察は複雑な迷路に入り込みそうな感想を持ちます。

名著と思われている竹内均・上田誠也共著「地球の科学」大陸は移動する(NHKブックス)、上田誠也著「新しい地球観」(岩波新書)の世界から脱出しなければいけないと思います。

2456
Date: 2017-04-25 (Tue)
プレート・テクトニクスへの妄信を捨てよ
 アンモナイトの産地に関してもそうですが、「プレート・テクトニクス理論が正しい」と思い込んでしまうと、なんでもかんでもその理論に当てはめて解釈してしまいます。

 地学の世界では、タービダイトとかリップル痕までが付加体であると解釈されています。しかし、クラスト・テクトニクス理論によれば、地殻は隆起と沈降を繰り返し、熱による変成作用を受けている、また地殻のスライド(ポールシフト)現象によって、赤道付近に位置したことも、極域付近にあったこともあると解釈することが可能です。残留地磁気が頻繁に変化しているのはそれを物語っているはずです。

 [2452]で紹介した大地を眺めるにある「従来のプレートテクトニクスの考え方では、なかなか位置づけられない(説明できない・・・」という火成作用の不思議も、プレート論では解決しませんが、クラスト・テクトニクスなら説明できます。

同じサイトにはタービダイトのほかにも、漣痕(リップルマーク)も生物の這い跡も付加体として説明してありますが、こうした海底の砂地にあるものが、乱されることなく鉋屑のように削られてできるとは思えません。プレートの沈み込み(サブダクション)が真実であると思ってしまうと、「そう見えてしまう」のでしょう。クラスト・テクトニクス理論ならば、なんでもない現象と言えます。


かつては水底にあった漣の痕…かつて水底で生きてた生物の這いまわった跡

解離ガスの爆発現象(地震)が垂直に起きて地殻が隆起し、水平に起きて沈降した、こうした地殻変動の繰り返しが起き、沈降している期間には熱による変成作用もあって様々な変成岩ができた、というだけのことです。

白鳳の地震では黒田郡と呼ばれた土地が陥没しているそうです。崩落などで埋まり、もっと深くに沈降すれば熱変成を受けて褶曲し、何十万年か後にはまた地上に化石として人工物が姿を現すかも・・・しれません。

2457
Date: 2017-04-25 (Tue)
何でもかんでも「付加体」扱いは安易、ジオポエトリーに過ぎない
ロシア極東タイガノス半島の付加体とオフィオライトという論文には付加体を調査した記事と写真が載っています。

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カムチャッカ半島の基部からベーリング海沿いに北東方向に伸びるコリヤーク山地は、古生代前期から新生代までの長期間にわたって成長し続けた付加体群よりなり、陸側から海側へ若くなる付加体の分布や、古い付加体がより上位に重なるナップ構造は、日本列島の付加体群とよく類似する(Ishiwatari, 1994)。


カムチャッカ半島の付け根にある付加体

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カムチャッカ半島の付け根に当たる部分で付加体があり、日本列島の付加体群とよく似ているというのには驚きました。どのようなプレートが運んできたのでしょうか。

もっと驚いたのが、アフリカのナイジェリアにあるZuma-Rockという垂直な層が見えている構造も付加体であるという説明です。


ナイジェリアにあるZuma-Rock

 この地域は南米と地続きだったはずですし、アフリカの西側にはプレートが潜り込むような海溝はないはずです。分裂する前は大陸のど真ん中にあったはずです。
 どのプレートがZuma-Rockを運んできたのでしょうか。どのようなメカニズムで垂直な断層面を持つ付加体(accretionary- wedge)が形成されたのでしょうか。
プレートが運んできた海底堆積物とは思えません。確かに、ナイジェリアは南米大陸と分裂する前にはテプイのあるギアナ高地に接していたはずです。テプイと同じメカニズムで形成された火山が大陸分裂時の大爆発・大地震によって、直角に倒されたのではないでしょうか。ここも氷床が発達していた極域だったのではないかと推定します。

 Zuma-Rockの成分を調べてみると、テプイと同じような火成岩である可能性があるように思えます。調べてみますが、知っている人があったら教えてください。(Zuma Rock is a large monolith, an igneous intrusion composed of gabbro(斑糲岩) and granodiorite (花崗閃緑岩)とありますから、水成岩ではなく、火成岩のようです)  

 なお、[1814]で紹介しましたが、南米ブラジルとアフリカのアンゴラも地続きだったと推定される地域ですが、沖合いの海底は同じような構造で、厚い岩塩層とその下には石油が眠っていることが分っています。Zuma-Rockがテプイの兄弟だったら面白いですね。  

サイトで調べると(注参照)、付加体を説明するのに、雪かきによる道路脇の雪を例に挙げているものがありますが、メランジェという構造もそうやって鉋屑のようにしてできた付加体として説明しています。

 褶曲構造を持つ岩体は何でもかんでも付加体扱いですが、大陸の内部にある構造まで付加体扱いするのは安易すぎると思います。付加体はやはりジオポエトリーにすぎません。

注:

What Does an Accretionary Wedge Look Like?

Going back to our analogy of shoveling snow, if you look down at the snow you are scraping off the concrete, it will look like an un-orderly jumbled mess of snow sitting on top of your shovel. Accretionary wedges look much the same way. They have jumbled deposits of original rock layers and metamorphic rock. Now, unlike our snow shovel example, the forces associated with subduction zones are quite large. So as the rock is being scraped off of the down-going plate and deposited on the overriding plate, they are subjected to a huge amount of pressure that will actually cause the original igneous and sedimentary rocks to become metamorphic rocks.


潜り込みに伴う力は巨大です・・・空想に過ぎない。自重で沈んでいくプレートに、そのような力は作用するはずがない。

付記: ネット上には習近平氏が喜びそうな絵が載っていました。「やがて日本は中国に合体するんだよ・・・」と言いかねないような絵ですが、決して見せてはならないと考えます。

 大陸プレートは「付加・衝突テクトニクス」でどんどん大きくなっていく、というのが上田誠也氏の“暴走発言”([2452]参照)にありますが、これでは「逆国引き物語」、「国引かれ物語」になってしまいます。いい加減にプレート論を脱皮しましょう。

2458
Date: 2017-04-26 (Wed)
四万十帯付加体説は早トチリ、地殻はスライドする
[2451]で紹介した「四万十帯での革命的な付加体研究」を発表した平朝彦氏の「日本列島の誕生」という本の中に、四万十帯が付加体であることを結論付けた経緯が載っています。

まったくの早トチリが「革命的研究」になってしまっていますので一部紹介します。

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(平氏たちは)四万十帯に見られる岩石の古緯度を求めてみました。その結果、白亜紀の四万十帯では、 枕状溶岩やそれにはさまれる赤色の石灰岩は赤道域で噴出したり、 堆積したりしたことを示していました。 一方、砂泥互層は約三〇度ぐらいの古緯度を示します。 現在の高知県の緯度は北緯三三度ですから、砂泥互層はほぼ同じ緯度で堆積したと考えていいでしょう。 すなわち、四万十帯には、驚くべきことには、もともと緯度にして三〇度(距離にして三〇〇〇キロメートル)も離れていた岩石が同一場所に存在していることになります。 固結した岩石のこのような長距離の移動はプレートテクトニクス以外では考えられません
白亜紀の四万十帯では砂泥互層は約七五〇〇万年前に堆積し、 枕状溶岩中の石灰岩やチャートのいちばん古い部分は約一億三〇〇〇万年前に堆積しましたから、 約六〇〇〇万年の年代差があります。 六〇〇〇万年で、最短距離にして約三〇〇〇キロ移動したのですから、年間約五センチ程度の速度で移動してくれば、この古緯度の差は説明がつくことになります。 これはプレートテクトニクスでいうプレートの平均的な運動の速度と同程度の速さです。 これが年間五〇センチとか一メートルとかになると大きな問題になりますが、 年間五センチというプレートの運動速度として妥当な値が得られるということは、この研究結果の正当性を強く示唆しています。
このようにして、私たちは、四万十帯中にプレート運動によって移動してきた枕状溶岩やチャートが存在することを証明することができたのです。 また、それと同時に、謎がいっぺんに解けてくるように、われわれは四万十帯全体が付加体であると確信しました。

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赤色の石灰岩は赤道で誕生し、砂泥互層は高知県で誕生した、その間3000kmを6000万年で移動した、という計算です。固結した岩石のこのような移動はプレートテクトニクス以外では考えられない、とありますが、早トチリです。

ハプグッド教授が提案し、アインシュタインが支持した地殻の滑動説に従えば、つまりポールシフトを認めれば短時間で30度の緯度変化は起きるのです。地殻のスライド現象です。

石田理論として提示しているクラストテクトニクス論では滑動の原因が地殻の重心移動にあると考えています。

巨大地震で地殻の浮沈があったり、内部的に地殻が剥離して熔融マントル内に落下した場合には、重心が変化して、地球の回転軸が新しい重心を通るよう変化するということです。


日本が赤道付近にあった時代もあるということです

[2438]に示した残留地磁気の変化はこうした変動が何回も起きたことを示しています。表示されているのはN-Sが現在とは逆転(イベント)していた時代を示していますが、下図のように、30度程度の変化はもっと頻繁に起きています。

30度程度の小さな変化はエクスカーションと呼んでいて、もっと激しく起きている([1224]、[1225]参照)

プレートテクトニクス論、付加体理論は早トチリです。

[2455]に紹介したペルム期のアンモナイトが赤道地域で生息していたというのも、同じ理屈で説明ができます。

 プレート論と付加体論は根本的に間違っています

2459
Date: 2017-04-27 (Thu)
大衆が虻になって地震学者を目覚めさせよう
 [2450]でカール・セーガンの言葉にある「自問して誤りを修正していくという方法は科学のすばらしい特質である」という一節を紹介しましたが、自問を督促する役割のマスコミが正しく機能していないと、修正作業はまったく開始されません。  

 身内意識の高いマスコミは批判を黙殺し、記者が報道しないのですから、「自問」とか「反省」という機会が学者に生まれません。むしろお飾り記事の提供者として学者を利用しているのですから・・・。

 ソクラテスは自分のことをアテネに貼り付けられた虻だと比喩しました(注:参照)が、現代社会ではマスコミがその虻さえも追い払ってくれるので、「大きく育ちすぎて普通より鈍い馬」には痛くも痒ゆくもないようです。

 つまり、プレートテクトニクスや付加体理論の矛盾を衝いているのですが、地震学者には昼寝の邪魔にもなってないのかもしれません。でも、やがては大衆の声で目を覚ますかもしれませんので、「虻の一刺し」を継続します。

東京大学海洋アライアンスというサイトに「プレートはなぜ動く?」という記事がありました。

ウェゲナーの大陸移動説が最初は認められなかったのは「プレートを動かす力」を説得することができなかったからです。
後に、海洋底の古い地磁気が観測されるようになって大陸移動説は復活しました(ただし証明方法に矛盾あり[1215][1312]など参照)。しかし、「プレートを動かす力」が解明されたわけではありません。

プレートを動かす力は存在しない
よって、付加体が形成されるメカニズムも存在しない
マリアナ海溝に付加体がないことからも明らかである

四万十帯は巨大な規模の褶曲である

最近は「能動的移動論」という自重によってマントルの内部に沈み込んでいく、と説明されていましたが、東京大学海洋アライアンスの説明では、マントル対流がプレートを引っ張って動かしているという、一旦否定されたはずの説を支持する結論が報告されています。

 次図がそれを証明しているということです。


「モホ面」は地殻とマントルの境界。上側の地殻内に、平行に並んだ斜めの「しわ」(小さな黒矢印)が見える。
縦軸の「地震波の往復時間」は「深さ」だと思ってください。bはa図の四角を拡大した図。
手描き図にある左側の図とおなじ状況になっている

解説記事を読んでも、なぜ固体であるというマントルが[2457]に紹介した「潜り込みに伴う力は巨大です」という山塊を褶曲させるような力を生んでいるのか理解できませんでした。

冷えて硬くなったマントル?その下にまた固体のマントル?フィリピン海プレートはどこでできるの?

四万十帯の石灰岩や北上山地のアンモナイトが赤道付近からやってきたとか、東太平洋で生まれたプレートが日本にまでやってくるとか、全て空想に基づく御伽噺としか思えません。 確たる証拠もない話ばかりです。

Yahooブログより
フィリピン海プレートは何処で誕生するのか?
新しく生まれる場所がない、沈むばかりのプレートとは変じゃないか?
マリアナ海溝にはなぜ付加体がないのか?堆積物は何処へ消えるのか?
東北地方にはなぜ海岸線に平行な付加体がないのか?
日本と台湾でサブダクションの向きが違うのはなぜか?
大西洋の堆積物は何処に付加されるのか?
南氷洋の堆積物、インド洋の堆積物は何処へゆくのか、消えるのか?



東北沿岸の日本海溝にはなぜ南海トラフのような明確な付加体がないのか

こんな御伽噺が日本だけでなく、
世界中で信じられていることが、

本当に不思議です

注:
私は、何のことはない、少し滑稽な言い方になるけれども、神によってこのポリスに付着させられている者なのです。それはちょうど、ここに一匹の馬がいるとして、これは素性のよい大きな馬なのですが、おおきいためにかえってふつうより鈍いところがあり、目をさましているのには、なにか虻の様なものが必要だという、そういう場合にあたるのです。つまり神は、わたしをちょうどその虻の様な者としてこのポリスに付着させられたのではないかと、私には思われるのです。つまりわたしは、あなた方をめざめさせるのに、各人一人一人に、どこへでもついていって、膝をまじえて、まる一日、説得したり、非難したりすることを、すこしもやめない者なのです。

━━━━━ソクラテスの弁明 より━━━━━

2460 
Date: 2017-04-28 (Fri)
プレート論を正しいと思い込むと迷宮に入る
 地震確率を発表するのは「もう止めたらどうか」という声も上がる中で、今年の「全国地震動予測地図」を政府の地震調査委員会は発表しました。
今後30年の大地震確率 太平洋側で1%ずつ上昇

産経新聞2017年4月28日

力学的には「歪み」というものが蓄積されることはありません。一年で歪みがたまり、1%確率が上昇したという発表ですが、根拠のないデタラメ理論です。これからも、確率表とは無関係に地震は起きるでしょう。

そもそも、地震がなぜ起きるのかが間違って把握されているのですから、地震本部の発表は何も信じられません。

ベースにあるプレートテクトニクス理論が間違っています。プレートを動かす力は存在しません。したがって付加体理論も衝突理論も成立しません。

日本列島が形成されたのも、ヒマラヤ山脈が形成されたのも、プレートテクトニクスとは無関係です。衝突・付加テクトニクスで大陸プレートが大きくなっていく、などということはありません。 大陸や島が形成されるのは、マントル自体に含まれている「解離ガス」(酸素と水素の混合ガス)が爆発を起こし、地殻を下げたり、押し上げたりしているからです。爆発の方向が上向きなら地殻は隆起し、横向きならば沈下します。


爆発が上向きの場合は地殻の隆起現象。水平の場合は瓜生島の沈没のような沈降現象。水平で震源が浅い場合は、水平のずれ現象となる。

ヒマラヤのような大きな山脈でもプレートの衝突で形成されるわけではありません。
どの大陸にも岩塩層が存在することを見れば、地殻は何度も隆起と沈降を繰り返してきたことが分ります。グランドキャニオンの地層には「不整合」といって時代が連続しない境界があります。地上に浮上していた期間は沈殿物等が堆積しません。水中にある場合にだけ、沈殿物が堆積し、地層となって残るわけです。

地殻は海底にあるときには熱の作用を受けて軟らかくなり、褶曲作用を受ける場合があります。このため、層序(地層ができた順序のこと)が逆転するような地殻変動を受ける場合もあります。

 地上で見られるデッケン(押しかぶせ)、とか四万十帯のような傾斜地層は地上で起きる変形ではありません。熱による変成作用を受けて軟化した時代に爆発(地震)の力を受けて変形したものです。ヒマラヤが今も成長しているのは地下で結晶質の岩石が生まれているという別の原因です。

 ヒマラヤはどうしてできたのかについて、NHKの地球大紀行や解説書には衝突作用の図が載っています。しかし、プレート論が真実であるという「思い込み」がそのような図を描かせ、物語を書かせていることを知ってください。


プレートを移動させる力は存在しない
プレート論が正しいと思い込むと、なんでも「見たいもの」が見える様な錯覚に陥るのです


NHK地球大紀行3p.43 「ヒマラヤ誕生のストーリー」より

くれぐれも、コンクリ−トブロックを活断層だと見間違えるような、同じ過ちを犯さないでください。

NHKやマスメディアの報道は学者の意見の垂れ流しです
 

ただし、受験生は教科書通りに答えてください。

2461
Date: 2017-04-29 (Sat)
地球が全球凍結したことはない
全球凍結の証拠といわれている氷河からのドロップストーンが見つかったのも、アフリカのナミビアです。

 ナイジェリアのZuma-Rockが氷床湖での噴火でできたとすると、テプイやギョーも全球凍結の話の証拠として利用されるといけませんので、コメントしておきます。

 [1130][1131]で述べた全球凍結は氷河からのドロップストーンが赤道付近も含めて全地球的に見つかることが証拠とされています。



ドロップストーンの解説図全地球凍結イベントと生命の大絶滅より

しかし、地殻がスライド(ポールシフト)することを認めれば、地球全体に氷河が広がったと考える必要はなくなります。

ナミビアで氷河が発達していたときには、南極大陸は温暖な気候であったに違いありません。


ナミビアでみつかった氷河の痕跡ドロップストーン

ニューヨークのセントラルパークには氷河の痕跡(擦痕)がありますが、その時代は日本がもっと赤道に近い位置にあったはずです。
北米大陸に残る氷河の跡

クラストテクトニクスに従えば、全球凍結という生物学者も疑問視するような地球の歴史([1130]参照)に悩まされることはありません。

 実は、氷河に起因する堆積物が赤道付近に存在することは以前から知られていたそうですが、自転軸の傾斜で説明しようとすると、力学的説明が困難となり、全球凍結に傾いたという経緯があります。以下にその解説を抜粋して紹介します。
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● スノーボール・アース現象
地球環境は長期的にはきわめて安定であり、温暖な環境が保たれてきたものと考えられてきました。ところが、最近になって、地球はかつてその表面が完全に凍りつくような極端な寒冷化を何度も経験してきたのではないか、と考えられるようになってきました。これは“スノーボール・アース仮説”と呼ばれ、現在大きな注目を集めています。

 原生代と呼ばれる時代には、ヒューロニアン氷河期(約24-22億年前)、スターチアン氷河期(約7億6千万年〜7億年前)、マリノアン(またはヴァランガー)氷河期(約6億2千万年前〜5億5千万年前)の存在が知られています。古地磁気学的な研究によって、これらの時代の赤道域において氷河性堆積物が存在しているということが、かなり以前から知られていました。その説明として、オーストラリアのウィリアムズという研究者は、当時の地球の自転軸が54度以上も傾いていたために、低緯度域における年間の日射量が高緯度域よりも小さくなっていた結果、低緯度域に氷床が形成されたのではないかと主張していました。しかしながら、この仮説は、自転軸の傾きが大きく変化したことの力学的説明が困難です。  

 これに対し、カリフォルニア工科大学のカーシュビンクは、当時は地球表面の大部分が氷で覆われていた可能性を提唱しました。これがスノーボール・アース仮説です。そのような主張の根拠のひとつとして、原生代後期の氷河性堆積物にともなう縞状鉄鉱床の形成を説明できるのではないか、ということがありました。スノーボール・アース仮説によれば海洋はその表面が海氷で覆われるため大気とのガス交換が遮断されて貧酸素環境になるはずです。この結果,海洋には溶存鉄が蓄積されることになり、これが鉄鉱床の形成をもたらしたのではないか、というわけです。

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自転軸の傾斜つまりポールシフト現象にはオカルト的なイメージが付いてしまっていて、科学の土俵には上がりにくい面があります。しかし、地殻のスライド現象ならば、「地殻の隆起と沈降で重心が移動する」時に発生する物理現象として科学的な土俵で議論できます。8年前のANSビデオの中の7「氷河期の解釈には間違いがある」でも解説しています。

結果としてはポールシフトも、地殻移動も同じことになります。地軸が54度傾斜するのと、地殻が6000kmスライドするのとは同じです。

斉一説に拘束されているのでしょう、付加体の論議([2458] 四万十帯付加体説は早トチリ、 地殻はスライドする参照)では30度(3300km)を6000年で移動したという推論になってしまいます。

注:
[1130]では 「地球上いたるところで見られる礫を含んだ堆積層とは、ポールシフトに付随する大津波が地球規模で暴れまわった時に堆積したもの、と考えたほうが自然です。」
とコメントしましたが、そうでもないかもしれません。地殻のスライドによって時代ごとに氷河の発達する場所に違いがあったと考えることも可能です。

2462
Date: 2017-04-29 (Sat)
斉一説から激変説へとパラダイムシフトしよう
 このセミナーを開始した直後の15年前の記事、[43]通常科学と変革科学の違いの中で「スフィンクスの土台周辺にある流水痕」の話を取り上げ、ショック博士の次の言葉を紹介しました。

「科学者がパラダイムに固執するのは、実際にそのパラダイムを厳密に検討・試験してみたからではない。それは、教育を通して専門家の価値観として教え込まれているからで、財団や大学、政府や研究所といった強力な機関の間に合意があるからだ。パラダイムが正しいのは、みんなが正しいというからであり、みんなが説明すべきだと思っていることを説明しているからだ。この前提は極めて基本的で誰も疑問をもたないため、主流パラダイムのすべてはごく自然で、当然のように映る。一方、そのパラダイムの外のすべては、くだらない見当違いにみえてしまう。通常科学はその名のとおり、太陽が東から昇るのと同じくらい当たり前にみえる。」

 スフィンクスの土台に雨水による流水痕があることは、昔は気候がまったく違っていた時代があること、それが激変的に変化したことを示しているのですが、主流パラダイムにしがみついて仕事(生活)をしている人には、「くだらない見当違い」にしか見えません。

 地中海沿岸の気候が何度も変化したことは種々の話から推定できるのですが、地殻のスライドという概念は受容されません。
 近年は観光客がカイロ近郊の「クジラの谷」にでかけ、砂漠にクジラの化石やマングローブの化石があることを報告しています。


カイロ近郊にあるクジラの谷のクジラの化石

ということは、地中海沿岸が昔はマングローブが生い茂る熱帯か亜熱帯の海域であったことを示しているのですが、それを説明する新しいパラダイムを受け入れる姿勢がありません。  

 海外旅行現地情報ガイドの記事を紹介します。 世界遺産!クジラの化石が密集して見つかった砂漠の谷、ワディ・イル・ヒタンより

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カイロから南南西へ150kmの西方砂漠にあるワディ・イル・ヒタン。自然保護区のワディ・エル・ラヤン内の南西に位置しています。2005年7月に世界遺産の、エジプト初の自然遺産に登録されてから注目を集め、人気のスポットとなっています。ワディ・イル・ヒタンは、日本語で言うと、「クジラの谷」という意味です。この谷で、400以上ものクジラの化石が見つかったのです。ピラミッドや遺跡は4〜5000年前ですが、こちらはなんと“4000万年前”のものです!!  エジプトというと遺跡のイメージですが、貴重な化石の発見も数多くされています。

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地球科学は斉一論というパラダイムから激変論に、そしてプレートテクトニクスという概念からクラストテクトニクスへとパラダイムシフトしないと、科学として前進できないところに来ています。 [44]常識を覆さなければ発展はないと何年も訴えていますが、まだ「プレートテクトニクスの壁」は破壊されません。

追記:

10年前の記事ですが、[1250]に紹介したように、クレタ島の南西沖100kmの海底(深さ2900m)には死海よりも塩分濃度の濃い塩水湖があります。幅1km長さ80kmで死海の濃度25%よりも濃い32.8%だそうです。


「地中海の深海底に巨大湖より

当時の報道では、

「地中海の原形は約3500万年前に形成されたが、約600万年前から500万年前の間は地殻変動により海洋から閉ざされた内海になった。この間に海水が急激に干上がってできた岩塩層が、再び海洋とつながって海水に沈んだ後に、徐々に溶け出して高濃度で比重の大きい塩水が海底のくぼみにたまったと考えられる。」

とあります。
 「地中海が隆起して一旦岩塩となったが、再び海洋と繋がったので、溶け出して海底のくぼ地にたまった」ということですが、地殻の隆起・沈降は思ったよりも頻繁に、激変的に生じているようです。残留地磁気の逆転現象がそれを物語っています。

2463
Date: 2017-04-30 (Sun)
劣等な科学実験が横行するのは嘆かわしい

「付加体実験」で検索すると、世界中で行われているモデル実験というものが紹介されています。

たとえば、 engineering-eyeには京都大学での「アナログモデル実験から数値シミュレーションまで」という記事があり、次の図が載っています。


アナログモデル実験によって再現された地質の短縮構造

この研究室では「付加体の形態と形成過程」をモデル実験で説明できると考えています。また各国で行った実験も紹介されています。

はたしてこのような実験が有効なものなのでしょうか。壁を押す力はプレートが移動することにより、生じるもの(仮説)ですが、プレートの移動は現実には起きていません。移動させる力は存在していません。 深発地震面をプレートが潜り込んでいる姿だと誤って理解し、潜り込み(サブダクション)が真実であると考えられていますが、正しくありません。プレートは移動していません。

 深発地震面(和達・ベニオフゾーン)というのは熔融マントル内部で「解離ガスの爆発」つまり、地震が起きている面を示しています。熔融マントルの流れだから、小笠原やマリアナ付近ではマントル(マグマと同じ)が垂直に潜っているのです。パミール高原付近でも、地殻の下には熔融マントルが垂直に流れています。([1482]世界各地の深発地震面など参照)  

このように、プレートテクトニクス理論が破綻しているのですから、こうした実験は何の意味もありません。

 褶曲が起きるのはプレートの移動ではなく「解離ガスの増圧または爆発」による「圧縮力・引張り力」によるものです。結果としては水平に爆発が起きる場合には実験に見られるような褶曲構造も現れるでしょうが、壁を押したり、底板を動かしたりする実験で付加体や褶曲をイメージさせるのは間違っています。


あるブログに載っていた実験の図

 [2414]に紹介した文科省の「どのようにして地震は起きるのでしょうか?」にあるコンニャク板や下敷きを使った実験ほどの劣等なものではないにしても、プレート論が真実だと仮定して「押す力」を「壁の移動」に置き換えたり、底板を引っ張ったりして誤信させる行為は科学的とはいえない不誠実なものです。

星野通平先生も「正論」誌上で「地震発生の実験」について以下のように嘆いておられます。

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学説の証明

 回転するベルトに捲きこまれたブリキ板が、限度に達するとはじかれて元にもどる。そういう装置をつくって、プレート説による地震の発生を見学者に説明していた地質家がいた。かれは、「これで説明すれば素人にもすぐ納得させられるが、星野さんのいうようなことでは、一日たっても難しい」といっていた。力学の法則はすでに確立され、多くの人にゆきわたっている。古典力学の法則で地震現象を説明するプレート説は、多くの素人を納得させる。しかし、それには欠けたものがある。地震予知はいつになっても当たらず、外国科学者の批判さえある。
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なんだか、質の劣化した「科学」が横行しているようで嘆かわしい限りです。

後記:

星野先生の地球膨張論を支持しているわけではありません。しかし、海洋拡大説やプレートテクトニクス理論を「外人が運転するバス」にたとえ、「自分の車を運転する」のが科学者だと思っている、という姿勢は大いに賛同するものです。
「地球の半径」という書(p.145)で、

「1970年代半ば以降、日本の地球科学研究者は、われもわれもとプレートのバスに乗りこんだ。わが国を訪れたロシアやイタリアの研究者が開口一番、質問してきたことは日本の地質家は、どうしてこんなに、同じようにプレート、プレートというのか、ということであった。」

と書いておられます。今も、日本製のバスを作りたいと思っておられるのでしょう。

 p153には「私のみるところでは、プレート説そのものを見直さないかぎり、地震予知の明日はない」とあります。私も同意見です。

2464
Date: 2017-05-01 (Mon)
「PT論の拒絶と受容」の著者がメディアの責任論を説く
 名古屋大学の減災連携研究センターで、2015年11月5日(木)、元朝日新聞編集委員の泊次郎氏が「地震予知研究の歴史を通して考える地震研究者とメディアの責任」というタイトルで「メディアの責任論」について講演されたそうです。センターの広報記事から紹介します。

「講演では、明治時代以降の日本における地震研究の歴史を振り返りながら、いくつかの大地震の発生を契機として、地震研究体制における重要な変化が生じてきた経緯が説明されました。また、地震予知研究が開始されてから、前兆現象、統計的手法、物理モデルといった3つの方法論をずっと繰り返した結果あまり進歩しておらず、1960年代以降に始められた地震予知研究も、その中身は以前から提唱されていた内容が殆どで看板の掛け替えに過ぎない、といった重要な批判がありました。こうした状況を生み出した要因として、地震予知研究が国家プロジェクトとして推進されて研究者の自律性が失われ、純粋な科学ではなくなったのではないか、という本質的な指摘もありました。一方、そうした研究を無批判に報道してきたメディアの責任も見逃すことはできず、メディアが健全な批判精神を持つことが重要であるという指摘で講演は締めくくられました。」


減災センターポスターより

泊氏といえば、「プレートテクトニクスの拒絶と受容」の著者として有名で、何度も([1495][1496][1726][1829]など参照)このセミナーで紹介してきました。
 PT論の受け入れを遅らせたのは「地団研」という「反米親ソ」のイデオロギー的な組織だったというような感情的なコメントが多く、カール・セーガンが述べる科学のあり方とは異質の世界を感じさせられます。

 ところで、氏の書籍には、

「ジャーナリズムの世界ではその10年以上前から、プレートテクトニクスが「常識」になっていました。にもかかわらず、プレートテクトニクスを受け入れようとしない地学関係者が少なくないのをどのように理解すればよいのか、大変困惑しました。いらい、その疑問を解くべく、さまざまな人に話を聞くと同時に、資料を集め始めました。」(「あとがき」p.244)

 とあります。朝日新聞社を辞めてからも、さらに東京大学総合文化研究科に進学され、博士号を取得され、博士論文を手直ししたものが「PTの拒絶と受容」ということです。

 したがって、朝日新聞の論説と東京大学の科学思想とは地球科学に関しては同じであることが伺えます。PT論の受容を邪魔してきたケシカラン連中という「お上意識」というか、「裁判官意識」のようなものが文中から匂ってきます。

 2015年の講演で「そうした研究を無批判に報道してきたメディアの責任も見逃すことはできず、メディアが健全な批判精神を持つことが重要であると指摘されたそうですから、PTの矛盾が明らかになった時点でも、「批判精神」を発揮してもらいたいものです。  

 そして無批判にPT論を報道してきたメディアの責任にも気付いて頂きたいものです。

 なんだか、国会での民主党のブーメラン現象のような雰囲気がしてきましたが、PT論を今も信奉しておられるのならば、このセミナーで展開するCT論を黙殺するのではなく、しっかりと批判していただきたいものです。

そして自問の後に、誤りに気付かれたなら、「修正する」という科学の素晴らしい特質を生かすべく、メディアの責任を果たしていただきたいと思います。

2465
Date: 2017-05-01 (Mon)
四万十帯の傾斜と年代の関係
 平朝彦氏の「日本列島の誕生」p.56にある図2−4を見ていて、なるほど付加体は普通の地層と違うのか、と納得しそうになりました。


「日本列島の誕生」にある四万十帯と普通の地層での傾斜と年代の関係(模式図)図2-4

 著者は「日本列島が付加作用ででき上がったとする考えは、不動のものであり、付加のプロセスについては、さらに詳しく検証されていくでしょう」と「あとがき」で述べておられますが、なんだか変です。

四万十帯は[2452]に示した日南海岸の写真を見ても分かるように陸側(北側)が上がる構造です。ですから、図2-4の右上の図は次のように表示されるべきです。


現地での傾斜構造もこのようになっているので、[2452]の最初の図のように、普通の地層が地殻変動(褶曲)で傾斜したと考えることができるはずです。

付加体のモデル実験では海側(南側)上がりの傾斜構造になってしまいますが、四万十帯の現実とは違うのではないでしょうか。「付加体」という概念に問題がありそうです。 高知県沿岸の四万十層も陸側上がりの傾斜です。


高知県沿岸の四万十層、陸側上がりです。井戸掘りのすすめより

私の分析が間違っているのかどうか、お分かりの方は教えてください。宜しくお願いします。石田
isshy7@kfz.biglobe.ne.jp

追記:

興味深いのは日本海側の海岸のタービダイトが南側(陸側)上がりになっていることです。これを付加体とするのには無理があります。


島根県、小伊津・長尾鼻の砂泥互層(出雲市)南上がりの傾斜


須々海のタービダイト(松江市)南上がりの傾斜

三浦半島荒崎海岸の地層(陸側上がり)


太平洋側と日本海側がともに陸側上がりの傾斜になっているということは、日本列島が誕生したのは本州の中央軸北寄り(大仙付近か)で火山活動などで盛り上がったのではないかと・・・・想像します。


想像してみました。空想かも・・・ですが、本当はもっと複雑でしょう。でも・・・


スッキリ! しませんか? 

プレートを動かす力、
つまり、付加体を削り出す力は
何処にも存在しないのです!

注:

「化石から見ると、日本列島の最古の岩石は、飛騨、北上産地、高知などに分布している。」

そうですから、大仙付近が最古でなくてもいいのかもしれません。

2466
Date: 2017-05-02 (Tue)
親亀こけたら皆こける:藤田先生の慧眼
付加体理論は真実であるかのような空気が地球科学の世界に蔓延しています。
しかし、ベースにあるのは、プレートテクトニクス理論であり、そのベースには大陸移動説、そして土台にあるのは海洋底拡大説です。
まるで親亀の背中に、小亀、孫亀、ひ孫亀が乗っているような関係です。それぞれに独立した論理的基礎理論があるわけではないので、親亀がこけたら皆こける関係です。([686]、 藤田至則著「地質への招待」p.182参照)


藤田至則先生の理論を支持するわけではないですが、「親亀こけたら皆こける」論は慧眼だったと思います。

すでに説明してきたように、親亀の海洋底拡大説は破綻しています。ヘスやディーツが説明したかったのはギョーという平頂海山が太平洋の西にたくさんある理由です。海嶺付近で誕生し、プレートに乗って西に向かう間に波蝕されて深海に沈んだと考えたのですが、様々な矛盾があります。

 石田理論で解説するようにギョーはテプイやテーブルマウンテンと同じメカニズムで極域の氷河の中で生まれたとするほうが合理的で説得力があります。 親亀がこけたのですから、皆こけるのです。プレートを動かす力はありませんし、付加体を削り取る力も存在しません。

プレート論、付加体論からは撤退するべきです。

2467
Date: 2017-05-02 (Tue)
9ヶ月で6万5千回を超える地震の原因を考えよう
地球の記録というサイトにイタリアの地震が9ヶ月で6万5千回を超えたこと、アラスカとカナダの国境付近で群発的な地震が起きていること、などが報告されています。
 抜粋して紹介しますが、地震は「ひずみの解放現象」などではないことを早く理解してください。

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イタリア中部地震から9ヶ月で、余震の数は「6万5000回」を突破。
いまだに群発地震は止まらず

 イタリア中部で、昨年 8月24日にマグニチュード 6.2の地震が発生してから9ヶ月が経とうとしていますが、その「余震」が収まる気配がありません。

 イタリア国立地球物理学火山学研究所(INGV)のデータを見ますと、今年1月に余震の回数が「5万回」を超えてからも地震の発生は続いており、この4月の終わりには、ついに 65,500 回に達しました。(6秒間に一回の頻度)


昨年8月以前の穏やかな環境に完全に戻るには、まだ時間がかかるか、あるいは、地質活動の異変そのものが継続している可能性もあります。

環太平洋火山帯は地震の周期に入った?
アラスカとカナダの境界付近で大きな地震が相次ぎ、群発地震も頻発中

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日本では熊本地震の発生に関して「大きな地震で、歪が再配分されて、地震が継続する」というような学者の発言が報じられましたが、[2447]をみると、「再現できません」となり、映像が無くなってしまいました。

報道したNHKが「おかしい事に気付いて」閉じてしまったのでしょうか、原因は分りませんが、地震直後と一年後の学者のコメントが“勉強”できない状態になっています。

地震学会のサイトにも、歪が再配分されて余震が続くという表現があります。

地震は「ひずみの解放現象」などではありません。熱解離した水、またはもともとマグマに含まれている「解離水」が爆発を起こしている現象です。

爆発後には水(結合水)に戻りますが、マグマの熱がある限り、再度解離現象が起り、爆発が続きます。
解離層がその場の条件に見合った解離度で収まるまでは「爆発=地震」は終息しません。
これが群発地震が起きている原因です。

早く地震の原因に気付いていただきたいものです。

2468
Date: 2017-05-03 (Wed)
付加・衝突テクトニクスのデタラメぶり
[2454]の後記で上田誠也先生と星野通平先生の対話(「ラメール」誌1982年11月号)を紹介しました。

 「(上田先生の話で)第一鹿島海山が潜り込んでいるという報道は間違いである、(そんなことを信じる人は)まともなサイエンティストの中にはいない。そういうこともあるかね、という程度のもの」

ということですが、『伊豆半島の衝突・付加理論』とは矛盾する話のように聞こえます。

[2452]で紹介したように、NHKの「地球大紀行」別巻[1]p.170では、

「大陸が大きくなるのは、付加・衝突テクトニクスである」
「アジア大陸そのものもまた、外来地塊の集合であることがだんだん明らかになってきている」

と「付加・衝突テクトニクス」を(信じて)支持されているのですから、潜りこみによる付加も認め、同時に衝突による「外来地塊」も認める、という主張になります。

しかし、常識で考えれば、「大陸はなぜあるの?」にある次のような疑問が出てきます。

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堆積物が沈み込めるのだとしたら、付加体テクトニクスは成り立ち得ない。まさか海溝が切り替えスイッチになっていて、ある時は沈み込ませ、またある時は海溝上を通過させる、ということではないだろう。普通に考えるならば、海山が沈み込めるならば、伊豆半島衝突はあり得ない。

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 当然の疑問ですが、富士山クラスの海山が潜り込めて、伊豆半島クラスの低山が潜り込めない、というのは矛盾があります。


伊豆の島々が潜り込めずに衝突し、富士山クラスの海山が潜り込めるのはなぜか?

 これ一つを取ってみても「付加・衝突テクトニクス」は非科学的なデタラメ理論です。

それにしても、「そういうこともあるかね、という程度のもの」とはどういうことでしょうか。信じているのかいないのか、どちらなのか分りませんが、その程度で学者が許されるのでしょうか。

 それこそ、まともなサイエンティストなのかどうかも疑問になってくるのではないでしょうか。

2469
Date: 2017-05-04 (Thu)
ウイルソンサイクルを信じるな
[1827] 水平移動派(mobilist)と垂直昇降派(fixist)の論争注:で「現在は水平移動派(mobilist)が勝利したと判定されている」ことを紹介しました。

勝利した結果mobilistの親玉だったツゾー・ウイルソンの提唱する「ウイルソンサイクル」なる概念まで生まれています。

Wikiによれば、「基本的な大陸・海洋の分裂・形成の流れは以下のようなものである」と紹介されています。

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1.大陸下のマントルの上昇流により、大陸に断裂が出来る。
2.やがて2つに断裂し、この分裂が進むと海洋プレートが出来、海洋が形成される。
3.海洋プレートは海嶺によって生産が継続され、海洋が拡大する。
4.大陸プレートが移動し続けることにより、大陸プレートと海洋プレートとの間に断裂が出来る。
5.やがて軽くてマントルに沈み込めない大陸プレートの下に海洋プレートが沈み込み、列島や山脈が出来る。
6.海溝から海嶺が沈み込み、海洋底の生産が止まる。
7.海洋の生産が終わることで、海洋が縮小し、大陸どうしが接近する。
8.海洋が消滅、大陸が衝突し、山脈が形成される。

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山岡換太郎氏の「山はどうしてできるのか」から紹介します。


大陸の離合集散が3億年で繰り返されるという概念(「山はどうしてできるのか」より)

ウイルソンの言うようなサイクルは、そもそも地殻を動かす力が存在しないのですから存在しません。御伽噺にすぎません。
教授は ライブラリー52 大陸移動を唱える大家の豹変でも紹介したように、「地球収縮論者→地球膨張論者→大陸移動論者」と意見を豹変させてきた人です。

 ライブラリーにもありますがすぐに「なんだかそういうことが起っているような気がしてきました」という言説の軽い人に、振り回されてはいけません。

Cの「大陸縁成長・海洋縮小」の図を見て、初めて[2453]造山アニメがウイルソンサイクルを説明していることに気付きました。

ウイルソンは中央海嶺は西方向にだけ進行し、東には進まないと考えているのです。アメリカと日本がくっついてしまうという解釈なんでしょうが、ばかばかしい話をしているものです。

 私はウイルソン教授が歴史の検証で生き残れる人だとは思いません。

2470
Date: 2017-05-04 (Thu)
憲法改正の動きと「ポスト習近平」問題そして地震兵器
 三つの話題がどう関連するというのでしょう?

私は地震兵器に関して多くの情報を持っておりませんので、確信をもってコメントすることができませんが、「地震の発生メカニズム」から考えて、地震兵器の存在はありえるだろうと思っています。

 3年前に書いた、[1961] 活断層理論はルーズベルトの仕掛けた地震兵器隠蔽工作か?では、

『「断層理論」とは第二次大戦のなかで、地震兵器開発の隠蔽工作として、ヤハウェー・ルーズベルトが「地震の原因」を晦ますため仕組んだものではないのか』

と推理しました。

日本はルーズベルトには苦しめられましたが、同じヤハウェーの魂を持つ隣国の次期指導者の動向には注意を怠ってはならないことも述べました。

隣国では、その人物が次期指導者に選ばれる道ができつつあるようです。習近平氏の本意ではないようですが、流れは止められないのではないでしょうか。石平氏のChina Watch「見えてきたポスト習近平」を紹介します。

こうした状況下で、憲法改正に関し、安倍総理は「機が熟してきた」と暢気な発言をし、「危機が迫っていること」を国民に知らせません。マスコミの批判を気にしているのでしょう。

リバティー誌は「国民に謝罪すべきだ」と次のように報じています。

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国民を危機にさらすことを、「機は熟してきた」と表現する首相

  (安倍首相は)1日には、東京都内で開かれた「新しい憲法を制定する推進大会」に出席。憲法改正について、「機は熟してきた。結果を出さなければいけない。憲法施行70年の節目の年に必ず歴史的な一歩を踏み出す」と述べた。

「安倍さん、よく言った!」と手を叩く人もいるかもしれないが、よく考えると何かがおかしい。

北朝鮮が日本に核やミサイルを撃つかもしれない状況を、「機は熟してきた」と言っているのであれば、これほど国民をバカにした発言はない。半世紀以上も政権を担当してきた自民党が改憲を先延ばしし続けてきたために、国民を危機にさらしている現状に対して、党の総裁である安倍首相は、まず国民に謝るべきではないか。

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 今の日本は、ルーズベルトやマッカーサーに骨抜きにされ、「防人」の意識がまったく影を潜めてしまっています。地震兵器の話などは話題にすることさえできません。

 学術会議とか朝日新聞系の論調では「大学が国家を守るための技術を開発する」ことはケシカランという空気です。「兵器」という言葉に異常な嫌悪感を持っているかのようですが、国が守れなくて本当によいのでしょうか。私は、アメリカの属国にも、中国の属国にもなりたくありません。  

 今、隣国はルーズベルト時代のアメリカと同じで信頼できる指導者が上に座っていません。覇権のためには宇宙からでも兵器を行使する可能性もある国です。地震兵器は、持つ必要はありませんが、他国から仕掛けられないように、原理をよく理解しておく必要があります。

 最低限でも、自分たちの国家は自分たちの力で守り抜く「普通の国家」になりたいものです。科学者がそのために尽力することは立派な使命だと思います。

 戦後から抜け出るためにはルーズベルトが立派な政治家だったという思い込みから抜け出る必要があります。そして、今また中国の指導者として日本に対峙してくる空気を読まなければいけません。

 憲法改正の裏にはこうした事実があります。憲法は幸福実現党の試案([2159]参照)がすばらしいと思っています。


追記:


自由民主党の憲法改正草案では第一条で天皇は元首であるとしています。
これは天皇を大事にするものではありません。何も発言権のない(国政に関する権能を持たない)天皇に戦争責任だけは押し付けて、外国との戦争で負けたときには「命を差し出させる」という恐ろしいものです。
責任は意見を述べることを許されたもの、戦争を決断したものが取るべきです。
天皇が逃げ出したくなる(退位)のも頷けるというものです。自民党の諸君は頭がおかしいのではないでしょうか。

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