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1911 
Date: 2014-03-16 (Sun)
フクシマ原発事故核爆発説は間違い
 グリンピースからの報告書「フクシマからの教訓」の執筆協力者であるガンダーセンというアメリカの元原子力技術者が「Fukushima原発放射能、30年で百万人が発ガンする人災」と言うセンセーショナルな発言をしています。
この動画以外にもいくつかの解説がYOUTUBE上にアップされています。 http://www.youtube.com/watch?v=LPiyVSdQnRE&feature=player_detailpage#t=52
 彼はフクシマ3号機の爆発は単なる「水素爆発」ではなく、「核爆発」であったとして、左翼陣営の「原発危険思想」を煽っているように思えます。ウィキペディアには「福島第一原発の3号機の爆発が1号機の爆発より激しかった事から、3号機の爆発は水素爆発ではなく核爆発(即発臨界)であると主張している。」とあります。
即臨界にいたるプロセスは以下のようなものと推測しているようです。(ふじふじのフィルターより)
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1、水素・酸素の化学反応が始まり(水素爆発が起こり)
2、それによって燃料棒が激しく動いて変形するような衝撃波が生じた。
3、使用済み燃料プールでの燃料棒が変形し(集約したことで)即発臨界による核反応を引き起こした。
4、その核反応が、プールから燃料棒・燃料集合体などを吹き飛ばし噴煙を噴き上げる爆発のエネルギーとなり、3号機での劇的な場面を作り出した。
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 しかし、そのブログにあるように、1号機と3号機の建屋の構造は違っています。

1号機と3号機とでは建屋上部壁面の強度が違う。
1号機の上部壁面は弱いコンクリートで、3号機のそれは丈夫なコンクリートで出来ていた。
 1号機の水素爆発が水平方向にも広がるのに対して、3号機が上方に広がるのは当然です。(1)の水素爆発による衝撃で、(3)の即発臨界による核反応にまで結びつけるのは”飛躍“があるのではないでしょうか。  [1908]で紹介したテレビ画像で、解説者が「炎が見えていることが気になります。炎と言うことは極めて高い温度ということで」と言っているコメントも、核爆発を念頭においているのでしょう。

 核爆発に関する専門的な知識はありませんので、うかつな物言いは避けなければなりませんが、この映像と極めてよく似た映像があります。[1655][1708]で紹介した、水暖房機の爆発実験(安全装置を撤去しておこなった、解離ガスの爆発遊び)がそれであります。爆発の直前に「閃光」がみえることは、初めから核反応のような「高温」状態にない場合でも「発光」または「閃光」が発生する現象があることを証明しているのです。核爆発であるとは事故調査委員会の報告にも載っていないはずです。

 分子状態のH2とO2とが反応する“爆鳴気爆発”であるのか、プラズマ状態での原子水素と原子酸素の反応なのかは、詳細はよく分りませんが、すくなくとも、「核反応」「核爆発」という行過ぎた恐怖感を煽ることは避けなければなりません。  核爆発など起こっていないことは以下のMIT原子力理工学部の解説にも明らかです。
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MIT原子力理工学部による福島原発事故に関する解説
http://1000nichi.blog73.fc2.com/blog-entry-846.html
2011年3月12日の福島で起きたこと

1.地震が襲った時、原子炉はすべて自動的に停止しました。

2.地震が起きて数秒以内に制御棒が炉心に挿入され、核分裂連鎖反応が止まりました。余熱は約7%残っています。(制御棒は中性子をよく吸収する原子であるホウ素でできています。通常の操業時は臨界状態での連鎖反応を維持するために使われますが、制御棒は原子炉を止める、すなわちパワー100%の状態からパワー7%の状態(余熱、すなわち崩壊熱)まで落とすのにも用いられます)

3.地震により原子炉の外部電力供給が破壊(送電線破損)され、冷却ポンプが使えなくなりました。(外部電源喪失)

4.そのため、バックアップシステムである非常用ディーゼル発電機からなる最初の一組が稼働し、必要な電気を供給しました。

5.しかし、史上最大規模の津波によってこれらのディーゼル発電機が水浸しにしなり、故障しました。

6.そこで、原子炉運転員は炉心を冷却する電力を供給する非常用バッテリ電力に切り替えました。

7.このバッテリ電力は限りがあるために、これも切れました。 この時点での主要な課題:

* 発熱を続けている炉を管理下に置くこと(圧力を管理できる範囲のレベルに保つこと)

* そして、可能な限り長く燃料被覆管を無傷に保ち、中から放射性物質が漏れ出さないようにすること(燃料棒の温度を1200℃以下に保つこと)

8.運転員は残された冷却システムだけで出来る限り熱を除去しなくてはなりませんでしたが、熱生成が熱除去のペースを上回れば温度が上昇し、水は沸騰してどんどん気化して圧力が上昇し始めました。 (炉心の冷却は重要なことなので、原子炉は多くの独立した、複数の冷却システム(原子炉冷却材浄化設備、崩壊熱除去、炉心隔離冷却システム、非常用液体冷却システム、緊急炉心冷却装置を構成するその他のシステム)を有しています。そのうちのどれがいつ故障したのかは現時点では明らかではありません)

9.システムの圧力を管理できるレベルに保つために、蒸気(および格納容器内に存在する他のガス)は時々放出(これが、vent=ベント。報道では「排気」とも)しました。 (ベントガスの一部は放射性核分裂生成物ですが、ごく少量しか含まれていません。また、放射性ガスはフィルタと気体洗浄装置を通していて、ごく少量での放出です)

10.可動式の発電機が搬入され、ある程度の電力が回復しました。

11.しかし、原子炉に注水されるよりも多くの水が沸騰し、排出されたため、残存している冷却システムの冷却能力が奪われていきました。(水位は燃料棒の最上部よりも低いレベルまで低下したかも知れません)

12.いくつかの燃料棒被覆管の温度は、1200℃を超過し、ジルコニウムと水の間の反応を引き起こしました。この酸化反応は水素ガスを生成し、水素ガスが放出された混合蒸気と混ざり合いました。

13.排出プロセスのどこかの段階で、十分な量の水素が格納容器の内部に貯まり(格納容器の内部には空気はありません)、そして水素が格納容器の外部の空気中に排出されたときに爆発が発生しました。(これはなぜ原子炉建屋で水素が発生・爆発したのか?でも書きました)

14.核物質覆うジルコニウムの殻は溶けて、少量の放射性物質(セシウムやヨウ素)が大気中に放出されました。

15.また、原子炉内の水が蒸発し、水量は減少していたので、燃料棒の水面からの露出を避けるために海水(中性子吸収体としてホウ素を添加)を注入しました。(ホウ酸は、原子炉が確実に停止した状態を維持するよう念のためと、水中の残留ヨウ素の一部を逃げられないよう捕まえる効果のため)

16.この海水注入プロセスによって、燃料棒の温度がダメージが生じないレベルまで下がりました。原子炉は長い間停止されていたため、残留熱は極めて低いレベルまで低下しており、プラント内の圧力も安定し、放出作業ももはや必要なくなりました。
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 石田地震科学研究所の見解と違うのは、 12.いくつかの燃料棒被覆管の温度は、1200℃を超過し、ジルコニウムと水の間の反応を引き起こしました。この酸化反応は水素ガスを生成し、水素ガスが放出された混合蒸気と混ざり合いました。 という部分で、”ジルコニウムと水の間の反応”以外に、熱解離反応で大量の水素と酸素が発生しているのではないかと云う点です。したがって、たとえ、建屋内の空気を抜いて、窒素ガスで充填してあったとしても、窒素ガスが追い出されて、酸水素ガスに置換され、爆発が起きることになるでしょう。

 高熱の下で、「酸水素ガス」が発生したことが、”水暖房機の爆発遊び”のような、激しい爆発を引き起こしたのではないかと考えています。

1912 
Date: 2014-03-16 (Sun)
原発事故 未解明の「原因と被害の真相」 
 [1908]で紹介したテレビ映像のなかで、枝野官房長官の以下のような談話が伝えられています。

 枝野元長官は、「午前6:50分、格納器の圧力が上昇したため、(冷却作業用の)作業員を一時退避させた。しかし、(何も作業をしてないのに)、圧力が下がったため、作業を再開していたところ爆発が起きた。」 と述べています。

 冷却作業を何もしていないのに圧力が低下した、ということは“「吸熱反応」である「熱解離現象」が進行し、解離ガスが発生し、温度が下がって格納器内の圧力が下がった”、という可能性があります。つまり、格納器から漏れ出たガスが”水素“だけではなく、”水素と酸素の混合ガス“であったことが推測できます。作業を再開している間に、”圧力容器“から放出される熱が移動して、”解離ガス“の着火温度まで上昇し、爆発が起きてしまった、というプロセスが推定できます。

 このことは地震爆発論の地震発生プロセスとまったく同じ現象であることを意味しています。


地震および余震の発生機構概念図

地震爆発論では、以下のようなメカニズムが地震であるということになります。
@ 結合水が高い解離度(高温)の環境下に置かれると、解離ガスが発生する。
A 解離現象は吸熱反応であるため、周囲の温度が一旦低下する。(低温度領域が広がる)
B しばらくすると、周囲のマグマから温度が移動してきて、解離ガスの着火温度まで上昇する。(低温度領域が少なくなる)  そこで爆発が起きる、これが地震現象の正体である。
C 爆発によって、解離ガスは結合水に戻る。再度@に戻って、解離と結合を繰り返すことが“余震”といわれる現象である。

 地震時に見られる前兆現象の多くは@とAの間に発生します。原発事故で言えば、作業をしてないのに”圧力が一旦低下した”というような、”停止時期”を経過した後に地震が発生します。マントルからの熱が戻ってきて”着火温度”になるまでの間が、”停止時期”に相当するわけです。大きな地震ほど、大量の解離ガスが発生し、温度低下も激しくなるので、この、”停止時期”が長くなるのは当然です。[1579]で示したように「地震発生警戒日」は大地震になるほど長くなります。下図で言えば”異常あり”の赤丸が消える期間のことです。原発の事故で言えば、圧力が一旦低下した時間のことです。


異常発生場所(赤丸)の半径(L)-------直径地震の規模と異常発生範囲の直径(2L)および警戒日の概念図
ANS体制における地震予知の仕組み参照
 こうした考察の結果として、1号機と3号機の”水素爆発“は地震の発生プロセスと一緒であることが分ります。

PS:
 本日のNHKスペシャル「メルトダウン最新報告」では最大の放射能漏れの原因は2号機の格納容器破損であったと言うことです。ベント(内部ガスの放出)に失敗したことによって、核燃料が溶出し、メルトダウンした燃料が格納容器の底部コンクリートを破損してしまったことが、大きな原因となったようです。

とにかく、
南方から襲来した津波による全電源喪失という事故さえなければ、
このような大災害は起こらなかったと言えます。

それにしても、
長崎の原爆投下後42日で高校は授業を再開していたというのに、
こんなに長期間避難生活が必要なのでしょうか。
参考:
福島は安全だ 長崎の高校では原爆投下後42日で授業再開していた
http://the-liberty.com/article.php?item_id=7504

11日で東日本大震災から3年が経つ。しかし、原発事故があった福島では、14万人以上の人々がいまだに苦しい避難生活を続けている。原発事故の放射線による死者は1人もいないが、避難生活による体調不良や過労、自殺などの原因で亡くなった震災関連死の犠牲者は、福島県で1600人を超えた。また、福島第一原発の北約22キロにある私立松栄高校は、生徒の確保が困難になったとして廃校が決まった。

これと対照的な歴史を、長崎の伝統ある商業高校に見ることができる。

長崎市泉町にある市立長崎商業高校は、長い歴史を持つ公立商業高校だ。早稲田大学の創立者で明治大正期の政治家である大隈重信も、「吾輩は本校前身(の洋学校)の出身者」と語っている。

1945年8月9日の長崎への原爆投下の際、同校は市立商業学校として爆心地から1.1キロの油木町にあった。原爆で壊滅的な被害を受けた同校だが、同年9月20日には、生き残った教師が市内にあった寮の食堂で授業を再開した。そして、原爆投下翌年の12月には、油木町の校舎に帰り、復帰開校式をあげているのだ(同校ホームページより)。

長崎では、地上汚染による最大被曝線量は、0.2〜0.4シーベルトと推定されている(放射線影響研究所ホームページ記載の数字からガンマ線のみとして換算)。福島での被曝線量は、単位がシーベルトの1000分の1であるミリシーベルトや、100万分の1であるマイクロシーベルトで表されていることからもわかるとおり、長崎と比べてけた違いに小さい。

しかし、長崎の学校は、翌年には同じ場所で開校し、その後数十年、放射線による生徒の健康被害は報告されていないのに、福島では、原発から20キロ以上も離れた場所にある学校が廃校に追い込まれた。

放射線による人体への影響があることが分かっているのは、一度に100ミリシーベルト以上浴びた場合だ。同じ線量でもゆっくり受ける年間累積だと人体への影響は少なくなるため、年間100ミリシーベルト以下では健康被害はないと国際的にも認識されている。

福島では、ほとんどの地域で、年間20ミリシーベルト以下だ。原則立ち入り不可とされている「帰宅困難区域」でも、年間100ミリシーベルトを超える地域はわずかしかない。つまり、現在避難区域とされている大部分の地域も安全ということだ。

 それは戦後数十年の間に長崎市民が実証してきたことでもある。長崎には家が建ち、人々は健康に過ごしてきたという事実を踏まえ、福島の復興を促進すべきだろう。(義)

真相を報道しない今の日本は何かがおかしい。
マスコミの劣化は特に深刻な問題です。

1913
Date: 2014-03-17 (Mon)
坪井忠二先生の業績評価
 東京大学名誉教授だった坪井忠二先生が、一時期日本の地震学に大きな影響力を持っておられ、萩原尊禮先生とともに、高木式無定位磁力計を葬り去った経緯を[1191]〜[1194]で紹介しました。

 また、坪井先生は「弾性反発説」に批判的であり、地震エネルギーを蓄積する“地震体積”という概念を打ち出しておられました。坪井先生の”地震体積理論“を支持しておられるのが佐々木洋治氏で、佐々木理論として写真週刊誌に載ったことを[1195]で紹介しました。

 ネットを調べると、どなたか知りませんが、坪井先生と絡めて、「海底地震研究の第一人者、島村英紀教授を守ろう。」と題する投稿をされています。「地震は潜り込んでいるプレートに乗っている大陸側の受けのところにのみ発生している、と指摘された島村英紀教授の業績は坪井先生の理論を証明するものである。よって、島村教授を守らなければならない。それによって、 地震論の真実がみえてくるからだ。」という書き込みです。(日本地震予知協会の「雲に聞こうよ」に同じ文章が見えます。)
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/giin/1299851002
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58:無党派さん:2011/03/14(月) 09:56:01.35 ID:FTEtgef1海底地震研究の第一人者、島村英紀教授を守ろう。

 地震雲の研究家、地電流の研究家、電磁気の研究家、すべての人が結集して島村英紀教授を守ろう。

  その理由は、彼の海底地震の研究は弾性反発論者の説をくつがえすデーターがあるからだ。 すでに御存知のように、海底地震の観測においては、もぐり込んでいくプレートの太平洋側で地震は発生していない。 そして、地震の発生はもぐり込んでいるプレートにのっている大陸側の受けのところに地震発生があるという説である。 これは坪井忠二先生(故 東大教授)の地震体積説の証明になるデーターである。

  この研究をいまいましく思う連中がいる。第二に、島村英紀教授は、著書「公認 地震予知を疑う」のなかで、 痛烈に官僚と、一部地震学者を批判している。その連中は島村教授の実績を含め、 犯罪者にしたてて彼自身の存在の意味を亡きものにしたいと思っている。

  それが今回の地震計の横領というでっちあげの記事である。

  歴史はくりかえすというが、彼等は、椋平幸吉翁の二の舞いをねらっている。

  今回のこの事件に対して、雲の研究家達は、どうしても彼、島村教授を守らなければならない。それによって、 地震論の真実がみえてくるからだ。どうか皆さん、力を貸して下さい。
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すでに、[1195]で解説したように、坪井理論、佐々木理論には矛盾・疑問が多々あります。

 ただし、坪井先生が「弾性反発説」に反対し、「断層は地震の原因ではなくて、地震の結果なのではないかと、私は考えているのである。」と「新・地震の話」(岩波新書p130)述べておられるのは、石本巳四雄先生ら昭和初期の健全な地震学の流れを汲むものであったと評価したい思います。しかし、その後、石本先生らの“科学的な考察”の姿勢を放棄し、“思弁的地震学”に走ってしまわれたことは残念であります。

 「新・地震の話」(p.193水の注入が起こした地震)のなかで、例のデンバーでの廃液注入による地震発生の事例に関して、つぎのような”思弁的“地震論を展開されています。
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 図39は、注入した水の量と、地震の回数とをくらべたものである。水の量をふやせば地震の回数もふえ、水の量を減らせば地質の回数が減る、両者は実によく並行しているのである。

 いったいどうしてこんなことになったのであろうか。水をおし込んだということは、地下のいれものの性質を変えたということである。いままで、いわば辛うじてつりあいを保っていた方々の岩石、またその割れ目などというものが、水がやって来たために弱くなったのであろう。

 すなわち、これまでの強さならばそのままエネルギーを蓄積していられたのに、いれものが弱くなったので、もはや蓄積しているわけにいかなくなった。そして余分のエネルギーをはき出してそれが地震になったと考えるより他はなさそうである。これはちょうど、ある物質の溶液の中からその物質の結晶が晶出する場合と似ている。たとえば水を高い温度に然しておいて、それにミョウバンを溶かすとかなりよく溶ける。それからこの溶液の温度をだんだん下げていくと、やかてはじめに入れたミョウバンの量が、その温度に対する飽和量よりも多くなる。その余分の量は、結晶となって晶出するより他に仕方がない。

 このミョウバンの量を蓄積されるエネルギー、晶出する結晶を出てくる地震のエネルギーと考えればよい。いれものは溶液であって、その温度の変化によって結晶が出てくる。これは、地面といういれものに水を注入したことによって地震のエネルギーが出てくるということと、現象論的には似ているのではないか。
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 影響力のある地震学者の「エネルギーの蓄積」というような”思弁”がその後の”歪エネルギーの蓄積”と云う流れになったのではないでしょうか。

 現在各官庁などで敷設されている必要以上とも思えるほどの地震計の代わりに、高木式磁力計による地震予知観測網が敷設され、完成していたならば、地震予知の研究はもっと進展していただろうと思われ、残念であります。

 島村先生の事件に関しては、実態を良く知りませんが、自己名義の口座に振り込ませるのは首を傾げます。

1914 
Date: 2014-03-18 (Tue)
STAP細胞と学問の意味
 小保方晴子氏の「STAP細胞」が騒動になっています。発表した論文の捏造疑惑が浮上し、理化学研究所が調査に乗り出したようです。
捏造疑惑の理由としては、論文に使われている画像に不自然な加工の痕跡が見られた事と、他の研究者らが論文通りに追試を行っても再現不可能だった事が挙げられています。著者の一人であるアメリカの学者は論文取り消しに反対のようですが、日本では早稲田大学で取得した彼女の学位までが取り消しの騒ぎになっています。研究室紹介蘭の顔写真は抹消され、バッシングの嵐が吹いているようです。

 ネイチャー誌は以下のように論文取り消しを示唆しています。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140315-00000102-jij-eurp
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ネイチャー誌が論文取り消しも=「全員同意なしでも証拠ない場合」―STAP問題
時事通信 3月15日(土)22時48分配信

 理化学研究所が新万能細胞「STAP(スタップ)細胞」論文の疑義に関する中間調査報告書とともに小保方晴子研究ユニットリーダーらが論文撤回を協議中と公表したことを受け、論文を掲載した英科学誌ネイチャーは15日、ホームページに掲載したブログ記事の中で撤回に関する見解を明らかにした。

 ブログ記事は同誌広報担当者の言葉を引用する形で、「理研の研究者らがネイチャー誌に論文の撤回を申し入れ、すべての著者が撤回に同意しない場合でも、(STAP細胞ができたという)結論を支える証拠が提出されなければ(編集部として)取り消しを決定する可能性がある」とした。その場合には、撤回に同意しない著者がいることを明示するという。

 STAP細胞論文2本のうち主要な1本は、マウスの細胞に外部から刺激を与えるだけで万能細胞(STAP細胞)に変わるというアイデアを考案したチャールズ・バカンティ米ハーバード大教授が責任者。しかし、同教授は14日の声明で「(論文の)データが間違いであるという有力な証拠がない以上、撤回されるべきだとは考えない」として、当面は理研調査委の最終報告を待つ考えを示している。

 論文が撤回されると、学術的成果としては白紙に戻り、STAP細胞が存在するとは認められなくなる。

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 問題の発端は「再現実験」で「確認」が取れないという点にあります。まだ誰も「再現実験」に成功していないようですが、誰かが再現に成功していれば、論文の一部にコピーした分があったとか、写真が流用されているとかは問題にもならなかったでしょう。

 小保方さんが最初に投稿したときには、NATURE誌は「過去何百年間の細胞生物学の歴史を愚弄するのか」とつき返したそうですが、今回は受理しました。その後で、「結論を支える証拠が提出されなければ(編集部として)取り消しを決定する可能性がある。」ということです。

   科学の世界は今新しい段階に入ったように感じます。小保方氏が成功する実験が、他の人では成功しない、これと同じようなことがこれからも出てくるかもしれません。誰でも再現可能でなければ科学とは認めないのか、あるいはある人には再現可能だが、別の人には再現ができない、という事象も科学として認めるのかどうか、という問題です。

 たとえば、「心の精妙さ」がないと成功しない実験というものがあるのかもしれません。そんな実験なら、「心の精妙さ」など失ってしまっている学界の「権威者」が何度実験しても再現できないでしょう。

   問題はSTAP細胞が現実に存在するのかどうかという点です。それを報告する“報告書(論文)の書き方”が問題ではないはずです。ところが現代の学問の世界では”書き方“に細かなルールがあって、関連する過去の研究を充分に調査した上で”論文の修飾“をしないと受理されないのです。そこで、面倒になって”飾り“をおざなりにすると、いくら内容が卓越したものであっても掲載拒否になってしまうのです。

 小保方さんが提出した博士論文に他の論文の“コピー”があったということが問題になっていますが、それはあくまで“飾り”の部分であって、研究者が発見した肝心の“結論”ではないはずです。

 論文審査とは本来“結論”の良し悪しを判定するものであるはずですが、今の学問の世界は”修飾技術“を審査している雰囲気があります。25年前に、「地震爆発論」の骨子を自然災害科学学会に投稿したときの拒否理由([46])にも、”結論”の良し悪しを判定する姿勢は見えませんでした。

 ところで、霊人のソクラテスは学問の目的として、”学に参ずる“こと自体に意味があると、次のように述べています。今自分が人生を生きるならば、このように生きると語っています。
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 たとえその一生において、何ら達成することがないとしても、目的としての学問の大切さを、私は説くと思うのです。学問は、あなた方は、えてして何かのための学問ということを考えているのです。たえば就職のための学問です。試験に通るための学問です。技術者になるための科学です。そうですね。大学教授になるための哲学であります。文学の教授になるための小説であります。そうした手段としての学問がはびこっている世の中であります。

 しかしながら本来、学問とはそうしたものではなかったのです。学問は、学に参ずるということ自体が、一つの目的だったのです。それが人間修行の目的の一つであったのです。ここのところを考えて頂きたいのです。 学ぶということは、手段ではなくて、霊的進化という目的でもあるのです。さまざまな知識を身につけ、磨いでいく中において魂としても発達していくのです。

 ですから学問を修めるということ、知的に生きるということは、決して手段ではなくてそれ自体が一つの目的だということです。知的なライフスタイルを作るということ自体が一つの目的でもあるのです。そうした生涯をこの肉体人間の時代に送れたならば、その人間は非常に大きな魂の糧を得ることができたでしょう。    「ソクラテスの霊言」善川三朗 より
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 ソクラテスならば、「学問は人間修行の目的の一つであるのだよ、人間修行ができてないから、再現できないんだよ」と言うのかもしれません。

  小保方さんにしか、再現できないものならば、彼女には一意専心STAP技術の完成に取り組んで頂き、多くの病人に結果を還元して頂きたいと思います。他人には再現できないからと言って、”飾りつけ”が間違っているからと言って、研究を”没”にするのは愚かです。科学は新しい段階に入ったのかもしれません。

 小保方さんには逆境を乗り越えて、リバウンドして頂きたいと願っています。

1915
Date: 2014-03-18 (Tue)
「破砕帯」に立ち向かった先輩に思う
「破砕帯」は地震発生の危険性があるから、ぜったいに原発など建設してはならない、という「ご託宣」を立派な先生たちが述べておられます。そして、社会全体がそのような空気に流されて大切な決断ができない状況に陥っています。 http://www.youtube.com/watch?v=RUDPMqfrv8k#t=130

破砕帯は活断層である可能性を否定できない・・・では黒部のトンネルは危険なのか?

 釈然としない気持ちの中で、「黒部の太陽」を思い出しました。あの中で土木技術者たちは「破砕帯」からの出水と闘ったはずだと・・・。

 実は、大学に在職中に母校の「土木工学科80年誌」というのを編集したことがあります。聞き取り調査の中で、映画の主人公のモデルとなった人が昭和3年卒業の芳賀公介という先輩であることを知らされました。木曽川にある笠置ダム竣工式の記念写真で、最奥に写っているメガネの人物です。(名古屋工業大学土木工学科八十年誌p.226)

    
三船敏郎演じる土木現場の責任者-------モデルとなったのが最奥のメガネの人芳賀公介氏
「大破砕帯」との遭遇が如何に困難な工事となったかは、映画に詳しいですが、「黒部ダム あの破砕帯から50年」という記事があったので抜粋して紹介します。
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「黒部ダム あの破砕帯から50年」2007.06.15
http://www.kepco.co.jp/insight/content/close/closeup130.html
秘境黒部──北アルプスの立山連峰と、後立山連峰に挟まれた黒部峡谷は、日本屈指の多雨豪雪地帯であり、しかも急峻な河川であるため、古くから水力発電の適地と言われながら、人を寄せ付けない地形がダム建設を阻んできた。これに果敢に挑み、着工後最大の危機となった関電トンネルでの「大破砕帯」との遭遇と突破。あれからちょうど50年、破砕帯とは? 突破への挑戦はどう行われたのか?──関西電力黒四管理事務所の村上正育所長に訊いた。

建設中の黒部ダム------------破砕帯に遭遇、大出水

――くろよん開発の背景は?  //////////
くろよん(黒部ダム/黒部川第四発電所)建設に着工したのは1956年戦後の電力再編で関西電力が発足したのが1951年だから、僅か5年後の着工だ。経済がどんどん復興に向かい、「電力不足」が深刻化したなかでの決断だが、会社発足後間もない時期に、よくもこのような凄い決断ができたものだというのが、まず私の思いだ。というのも、難工事が予想される人跡未踏の地にダムを造るわけで、工事費用にしても資本金の数倍という膨大な金額。電力不足の解消は喫緊の課題だったにせよ、とてつもない決断である。(略)

――関電トンネルの方は?  //////////
全長5.4kmの関電トンネルは、1956年10月に本坑掘削を開始し、当初、1年で抜く予定だった。ところが57年5月、大町側から2.6km掘り進んだ地点で「破砕帯」に遭遇してしまい、工事は予想外の困難を極め、通常なら10日で抜ける距離に7カ月を要した。

――破砕帯とは?  //////////
岩盤の中で岩が細かく砕け、その隙間に地下水を大量に含んだ軟弱な地層のことだ。だから掘っても掘っても天井から崩れ、前へ進めない状態。地下水は4℃と冷たく、それが毎秒660リットルもの勢いで降ってくる。毎秒660リットルというのは、水道の蛇口をほんの一瞬ひねるだけでパッと浴槽がいっぱいになるような量。まるで凍えそうに冷たい滝の中に入って仕事をするような凄まじい状況で、手がつけられない。破砕帯に遭遇したあと、上空からヘリコプターで地層を調べたところ、なんと破砕帯は80mもあったことがわかった。

――破砕帯突破に向けてどのような対策を実施した?  //////////
土砂崩壊と湧水をくい止めるため、コンクリートを注入して固めながら掘ろうとしたが、大量の水が入ってくるのでムリ。そこで、まず水を他の方向へ逃がそうと、10本の水抜き用のトンネルを掘った。そして徐々に湧水の量が減少していったなかで薬液を注入したうえでセメントを流し込み、岩盤を補強しながら掘り進めた。こうして7カ月かけて、ようやく破砕帯を突破することができたわけだが、当時、地元の方々が、「黒部のトンネルが大変なことになっている、何とか助けて欲しい」と、率先して神社へお詣りに行っておられたということだ。まさに工事の凄まじさを物語っていると思う。

――関西電力では「黒四スピリッツ」ということが言われるが?  //////////
くろよん開発は、あの有名な映画『黒部の太陽』にも描かれたほどの「世紀の大事業」。破砕帯に遭遇して、トンネルが抜けず灯りが見えない状況のなかで、現場全体が暗いムードに包まれたとき、当時の太田垣社長が黒部に出向き、周りが危ないからと止めるのを一喝して、悪戦苦闘しているトンネル奥の現場にまで足を運んだことで、沈鬱な現場の雰囲気が一転して変わり、みんな使命感に燃えたそうだ。一方、太田垣社長は大阪へ戻り、再度役員を集めて「やるんだ」という意志を伝えたことから、「紙一枚、鉛筆一本、黒部に手を貸そう」という全社的な運動が起こり、それがまた現場に伝わり、やり抜く力になった。「黒四スピリッツ」

──それは全社一丸となって物事に突き進む結束力。関西電力は他企業に羨ましがられるほどの、高い結束力という企業文化を、このとき育んだ。
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 建設着工が1956年ですから、着工から58年経過しました。同じ「破砕帯」を、このように恐れ、そこから逃げようとしている人々を先輩たちはどんな思いで見ているのかと思うと、情けない思いがしてなりません。 「破砕帯」というのは、「岩石が粉々に砕かれた部分が一定の幅をもち,一定の方向に延びているもの」(世界大百科事典より)です。破砕されていますから、水が自由に流れるわけで、工事を困難にさせるわけです。当時の人たちはこれに立ち向かい、58年後の我々は逃げ腰になっているのです。タイムマシンに乗って、58年前に戻り、”将来「破砕帯」が動く恐れがあるから、「黒部のトンネル」は危険である、「掘削反対」!”と叫んだら、大笑いされるだけでしょう。

情けない言動はいい加減にして欲しいものです。
 ネット上で芳賀公介氏を調べましたが、以下のような写真の説明があるだけで、写真は失われていました。 http://vw4456.blog44.fc2.com/blog-date-20100701.html
「真ん中が「安全度七分で着手するかどうかに経営者の手腕がかかっている」という信念で建設にGOを出した関西電力初代社長太田垣士郎(おおたがきしろう)氏、 左は建設事務所の土木の責任者だった芳賀公介(はがきみすけ)氏、 右は破砕帯に遭遇した関電トンネルの掘削を担当した熊谷組協力会社の親方笹島信義(ささじまのぶよし)氏」」 別のサイトには、主人公(石原裕次郎)のモデルになったのは、熊谷組の笹島信義氏であると書いてありました。ウィキペディアをみると、芳賀公介を演じたのは三船敏郎のようです。いずれにしても、当時のリーダーや土木技術者は国家的事業に対して勇敢に立ち向かったことが分ります。 http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranB/TPage.cgi?id=206

昭和43年熊井啓監督による同名『黒部の太陽』(三船プロ・石原プロ=日活)が映画化され、三船敏郎が芳賀公介次長を、石原裕次郎は熊谷組笹島班の岩岡技師の役を演じた。

1916
Date: 2014-03-20 (Thu)
マスコミ権力と国家権力への「隷属」
 このセミナーの[1886]では、霊人ハイエクが「日本の社会には憲法制定時に想定していなかったマスコミという権力が立ち上がり、そのマスコミ権力と国家権力に「隷属」しようとしている」と語っていることを紹介しました。隷属に気づいて、道を変えないと、このままでは日本は「亡国」への道を歩むと警告しています。  

 地震学の世界でも、「活断層理論」や「プレートテクトニクス理論」への「隷属」は明白で、「地震爆発論」がマスコミに取り上げられることはありません。昨年三部作を出版し、最初の「巨大地震は「解離水」の爆縮で起きる」(工学社)が日本図書館協会選定図書に選ばれてもです。

 そこで再度、霊人ハイエクの「マスコミ隷属」の話を紹介します。(ハイエク「新・隷属への道」より)

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ハイエク: あのね、「隷属への道」にはねえ、「マスコミへの隷属」というのもあるんだよ。あなたは、「国家への隷属」だけを考えてるんだろうと思うんだけど、学者とか、文化人、評論家等はですねえ、書かせてもらう媒体がないと、意見が発表できないんですよ。  だから、「隷属への道」というのには、国家だけではなくて、「マスコミ権力への隷属」もあるんです。「そこに書かせてもらうためには、マスコミの権力を増大しないと書かせてくれない」ということがあって、かなり踊らされている部分はあるわけですね。
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 「増大」とあるのは、「ヨイショ」というくらいの意味でしょうか。マスコミは「権威ある大学教授」の意見を妄信して、それ以外は「泡沫意見」として扱います。したがって、著者(石田)らがお金をかけてまで講演会を開き、出版物を発行しても、一部の地方紙を除いてまったく取り上げません。
 著者はひも付きの研究費をどこからも頂戴していませんので、マスコミによる「意見発表」ができなくても、我慢すればそれですみます。どなたの顔色を気にすることもありません。幸福実現党の党員ではありますが、地震理論に関しては幸福の科学出版編集部とも見解を異にし、自由に意見を述べています。

 しかし、生活がかかっている人にとっては「意見表明ができない」ことは出世、昇任が遅れ、「よい生活」ができないことを意味します。  かくして、知らないうちに「マスコミへの隷属」が実現して行きます。

 言論人やマスコミも「頭がいい東大卒官僚」と思わせられている財務官僚に支配されています。消費税率アップを主張しているのは「財務省」であることははっきりしていますが、これに反対を主張する言論人やマスコミには、国家の統制があると、その仕組みを説明しています。
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ハイエク: 財務省を批判する言論人がいれば、すぐに税務署がやって来て、個人の納税をチェックして、追徴税をかけたりする。あるいは、増税に反対するマスコミがあったら、すぐに税務調査に入って、「朝日新聞何億円追徴」とか出たりする。  そういうふうに出ると、「もう、かっこ悪くてしょうがないから書けない」とかいうことになりますので、まあ、すでに、統制はされてますわね。
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「国家への隷属」と「マスコミへの隷属」が進行しているという霊人ハイエクの警告です。かくなる上は、一人ひとりが目覚めて“自由との戦い”を覚悟しなくてはならないでしょう。

1917 
Date: 2014-03-21 (Fri)
ソクラテスの智とは
 経済学者ハイエクがソクラテスの生まれ変わりであることは[1886]で紹介しました。ハイエクの霊言には、ソクラテスが語っているような雰囲気のある「勉強が足りませんねぇ」と言う言葉があります。その意味はどんなことなのでしょうか。質問者たち(3人)は東大と一橋大学卒業の高学歴の「知者」たちのように思えるのですが、ソクラテスの言う「智者」とは違うのでしょうか、参考のため紹介しておきます。
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質問者:ハイエクの転生を教えてください。

ハイエク:日本では、どんな人に相当するだろうねぇ。昔の日本には言論人がいたんだろうかねぇ。現代には私(ハイエク)が生まれているから、いないね。

質問者:そうですね。 近代あたりでありますか。

ハイエク:さあどうだろうね。それは君たちの歴史学の能力によるわねぇ。    出てこないだろう?それが学問の限界なんだよ。だから、勉強をもっとしないと、「どれとどのあたりが釣り合っているか」ということが分からないわけだよ。

質問者:江戸時代にお生まれですか。

ハイエク:江戸時代ですねぇ。江戸時代なら、どんな人だったら納得しますか。

質問者: 思いつきません。

ハイエク:勉強が足りないですよね。
“観客席”から、もし一声あって、当たるんだったら、「当たり」と言うけど、そんなインスピレーションがある人はいるかな?(観客席から誰も声なし) やっぱり、勉強は難しいねぇ。しっかり勉強しようね。あのねぇ、「真理は汝を自由にする」という言葉どおりなんですよ。勉強しないと分からないことはあります。どのくらいの偉さかが分からないですからね。
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 日本に生まれたことがあるのかどうかも、はっきりしませんが、江戸時代の可能性があります。勉強しないと分からない・・・とはいったいどういう意味でしょうか。「歴史学の能力」とか、「学問の限界なんだよ」の意味は何でしょうか。それは大学の歴史学者、哲学の教授に聞いても分からないのではないでしょうか。“ソクラテスの智”はやはり深遠です。 地震学の視点からは[1775]に紹介したプレートテクトニクス論に関する考察へのコメントを欲しいものだと思います。

1918
Date: 2014-03-21 (Fri)
「地震爆発論」 黙殺の心理
無視・黙殺の心理 「地震爆発論」を「黙殺」する「現状維持勢力」の存在

 学会という村の中では大切にされ、そしてマスコミからは尊敬も得られ、“この世的に満足できる生活”を維持している人たちからみれば、地震学の「変革」は痛みを伴います。地震爆発論を無視・黙殺する心理は、手術が必要であると分っていても、痛みを恐れて、「手術拒否」、を選択するようなものでしょうか。それで、「地震爆発論」を「無視」したり、「黙殺」したりという行為になるのでしょう。

 桓武天皇が「平城京」を出て、「平安京」へと遷都したのは、藤原氏らに篭絡された政治を一新するために、新しい環境を求めたことにあります。「新しい酒」は「新しい皮袋」に入れないと、腐ってしまうからです。地震学の世界にも本当は「遷都」が必要なのです。東北大震災で地震学者が「反省」したのは「遷都」という「手術」を覚悟したのではなかったのでしょうか。

「忍耐の法」と云う書籍にはこうした「黙殺の心理」が政治の世界にも、医学の世界にも蔓延っていることが述べてあります。

 地震学の世界では“「地震爆発論」など出現して欲しくなかった”、“今の生活を守るためには、自分が生きている間は既成の構造がずっと続いていって欲しい”という“ぬるま湯嗜好”の方が数多く存在するということなのでしょう。参考のために抜粋して紹介しますが、「変革」から逃げていても、歴史の検証の中では踏みとどまることはできません。
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大いなる誤解と勘違いに満ちた二十一世紀の「常識」

 私たちが、今、引っ繰り返さなければならない「常識」の世界とは、決して、車や携帯電話、インターネットなどといったものが普及した、機械万能の便利な世の中の「常識」だけを指しているわけではありません。それ以外の、宗教的な伝統に則ったさまざまな考え方についても、“塵”、“垢”、“埃”、“カビ”など、さまざまなものが付いて、もはや真実が見えなくなっているのです。

   そのため、先ほど述べた文学で語られているように、今、「イエス的なるもの」や「仏陀的なるもの」がこの世に現れたとしても、「実は、出てほしくはなかった」ということもありえます。教会や寺院など、さまざまな大きな宗派にとっては、自らを守り、維持するために、それを受け入れないことが“必要な判断”であることも多いわけです。

   そのようなことは、政治の世界においてもまかり通っています。  とにかく、「既得権益と、生業(なりわい)を立てるための既成の構造がずっと続いていくように」ということだけを考え、さまざまな手練手管を使う輩が、数多く「政治家」を名乗っているわけです。  

 また、宗教家のなかにも、あの世を否定し、魂の存在を否定しながら、供養だけはしてみせたりする者もいます。残念なことです。

 あるいは、「医学にこそ、現代最高の『知性』が集まっている」と言われながらも、霊的な現象に関しては、すべて、「脳の機能や精神作用、神経作用の問題」として否定し精神疾患であるように考える医学も数多くあります。

   要するに、「証拠のないものは認められない」「教科書に書かれてないものは認められない」という考えがまかり通っているのです。
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             大川隆法著「忍耐の法」より

 いつの時代でも、教科書は書き変えられます。「活断層理論」や「プレートテクトニクス理論」が教科書に載ったのは、ほんの数十年前のことです。やがて、書き変わります。

1919
Date: 2014-03-22 (Sat)
 地震に伴う爆発音は地震爆発論の証明
いわき市の余震と爆発音
 地震発生時に爆発音があることは、昔から良く知られており、地震が爆発現象であることを証明しているのですが、地震学者は認めようとしません。

 爆発音の原因が通説地震学では説明できないことが、住民の不安を増大させています。

 地震は「熱解離した水素」の爆発現象であることを知っていれば、「小さな爆発は地震にならない」と知って、少しは安心できる人もあるでしょう。

 また、震源の近くでは、揺れを伴わない小さな爆発でも、爆発音は明瞭に聞こえる筈です。”断層がずれることが地震である”という間違ったことを信じ込まされているために、「原因が分からない」ということで不安を増大させるのです。

 さらに言えば、”地鳴り”というのは、震源から離れた場所で聞こえるもので、爆発音が各所で反射して複雑な音になるのが原因です。震源近くでは”ドン”または”ドカーン”と一発だけ聞こえるものが、反射を繰り返すと”地鳴り”になるわけです。震源近くの例は唐山大地震、唐山駅職員の証言があります。唐山駅は震源のほぼ真上に位置していました。

 揺れ方も、同じです。震源の近くでは一回の大きく”突き上げられる”動き(爆発が垂直の時)か、または”引き込まれる”様な動き(爆発が水平の時)ですが、震源を離れると、反射と屈折が起きて、複雑な”ユラユラ、ガタガタ”という動きになります。震源からの距離と、爆発の大きさ、方向によって、揺れ方も変わってきます。

   地震についても、霊人ハイエクが述べるように「真理は汝を自由にする」ということが言えると思います。

転載自由ですから、”地震の真理”を拡散してください。
”地震の真理”という言葉に抵抗感のある方は、”地震爆発論学会の見解”でも” 石田理論の見解”でも結構です。

 どこかで紹介したかもしれませんが、東北大震災のちょうど一ヶ月後の4月11日に、いわき市で大きな地震(M7)が起きました。([1666]でとりあげていました。) このセミナーではいわき市沖のCCS作業が地震を引き起こしたという疑いを持っていますが、4月以降半年経過しても余震が収まっていないことを福島民報が報じています。紙面が消える可能性もありますので、残しておきたいと思い、複製をアップさせていただきました。

 本震でも余震でも、「爆発音」が聞こえることを住民が証言しています。地震が爆発であることを早く認定して欲しいものです。 福島民報2011/10/16:3.11大震災・検証 後半の地震の解説は間違ってますから、読まなくて結構です。

ところで地震と爆発音または鳴動との関係を調べている中で、「モスキート音」というものがあることを知りました。周波数の高い音で、高齢になるほど聞こえなくなるそうですが、誰でも聞こえるわけではないことが、“予兆現象”として認められない理由なのでしょうか。子供には良く聞こえるのなら、動物にはもっとよく聞こえる場合があるのでしょう。地震の前に動物が騒ぐことを地震学者は認めるべきです。『不安と恐怖で精神的に限界が来ている』と云う現場の声とともにサイト上での話題を収録しておきます。

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http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1360289898

福島県いわき市田人町で揺れをともなわない爆発音が地面の下から何度も聞こえてきます
yoshy2001wxyzさん

4月11日にM7地震のあった福島県いわき市田人町で揺れをともなわない爆発音が地面の下から何度も聞こえてきます。3月11日の地震以降ずっとです。これは何なのでしょうか?

東日本大震災発生以降、地面の下からダイナマイトが爆発するような、「ドン」という音が続いています。
凹凸のある道路のすぐ近くの家で寝ているときに大きなダンプカーが通過して行くような感じにも似ています。
不思議なことに揺れは全くないかほとんどありません。
4月11日にM7の地震がありましたが、それ以降もずっと続いています。時間の経過と共に少なくなってはきましたが、メディアで報道されることもないし同じいわき市でも田人町のような南東部の山間部で特に多いようです。
井戸沢活断層のすぐ近くで大規模な地殻変動があったようですが、それと関係あるのでしょうか?
この近辺を震源とする余震は震源が非常に浅いため、通常の深さの震源ならば何も聞こえてこないような小規模な地震が起き、その音が聞こえてくるのでしょうか?
もしかすると大地震や大規模な地滑り等の予兆なのか、と非常に不安です。
情報、知識のある方にご回答をお願い致します。
また、このような現象に専門的な質問ができるとすれば、どのような専門家、団体に連絡するのが良いでしょうか。
不安と恐怖で精神的に限界が来ている方がいます。
どうかよろしくお願い致します。

質問日時:2011/4/16 21:27:52.
解決日時:2011/4/17 20:50:38
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「モスキート音」とは、年齢を経るごとに高音側の可聴域が狭くなってゆくというこの現象を利用した、若者にしか聴こえない音です。 mosquito(蚊)+tone(音)からの造語で、「mosquitone」とも呼ばれています。

具体的には、モスキート音には大体17,000Hz前後の周波数の音が使用されています。
この周波数の音は、10代〜20代前半ぐらいの若者の大半には音として聴こえますが、20代後半以降の年代の人達には聴こえない割合が高くなります。
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今日、夕方から耳鳴りというかモスキート音みたいのがするのだけれど

自分だけでなく、小学生低学年の娘も聞こえるようで困っている

家内は聞こえないみたいなのだけれど、、、、うーん
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1920 
Date: 2014-03-23 (Sun)
鳴動現象の調査研究(1)
 河内一男という方の「新潟の地震を考える」というサイトに、鳴動現象を調査観測し、地震の前震であると結論付けたという興味深い研究が載っていました。鳴動現象をこれほど真剣に調査された研究者は少ないのではないでしょうか。鳴動現象の解明のために抜粋して紹介させていただきます。

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新潟の地震を考える
予知された地震 ―1995年新潟県北部の地震―

 1995年4月1日に新潟県旧笹神村、旧豊浦町、旧豊栄市一帯を襲った地震(1995年新潟県北部地震、M5.5)には、その数ヶ月前から明瞭な予兆があり、筆者を含めた新潟県地区理科教育センター研究協議会に所属するメンバーによって観測されていました。
1 神戸の地震ではない

 1995年4月1日、夜7時のNHKニュースは、倒壊した家屋の映像から始まり、そしてアナウンサーの「これは神戸の映像ではありません」という説明が続きました。1995年新潟県北部地震(M5.5)です。この年の1月17日に発生した兵庫県南部地震は、その被害の大きさから、2月、3月と時間が過ぎても連日のように報道され続けており、人々の地震災害に対する関心の高さを示していました。そこへこの地震が発生したのでした。

 この地震には本震の数ヶ月前から特徴的な音響を伴う前震(本震に先立つ前ぶれの小地震)の活動があり、当時の地区理科センター有志が聞き取り調査や観測を行なっていました。

2 ハクチョウの数が少ない

 1994年12月20日朝の瓢湖は前日からの雪で真っ白でした。瓢湖というのは、新潟県旧水原町(現阿賀野市)にある、ハクチョウの渡来地として有名な湖です。 「11月までに渡ってきたハクチョウはいつもにくらべて少なくはなかったのです。雪のせいでしょうか。雪が積もった日(12月19日)の翌朝、みんな一斉に南の方へ飛んでいってしまいました。」
 これは1995年の2月の半ば頃、地区理科センターの有志グループのメンバーが瓢湖の管理人さんに問いあわせたときの回答です。当時、グループではこの地域でときおり聞こえた鳴動音の聞き取り調査をしていました。(略)
 これによると、この年の瓢湖ではハクチョウの数が前年の半分くらいに減ったようです。私たちグループの行っていた調査は地震に伴うらしい鳴動の調査でした。問い合わせの際にはそれは一切触れないで、ただいつ頃減ったのかだけを訊ねたのです。

 ところで、1994年12月19日14時19分に、この地域の深さ約10kmでマグニチュードM4.2の地震が発生していました。これは瓢湖の管理人さんがいう「雪の降った日」に一致しています。たぶん、ハクチョウは地震動そのものか、あるいはそれに関連した何かの現象におびえて飛び去ったのだろうと思われました。
 「南へ」飛び去ったという管理人さんの言葉を裏付ける情報も得られました。聞き取り調査で、瓢湖から南西へ約40km離れた新潟県三条市周辺の田んぼで、例年になく多くのハクチョウが見られたという回答が得られたのです。瓢湖を去ったハクチョウの多くは越後平野南方へ移動したのでしょうか。また、向きを北へ転じて最上川河口のスワンパークを目指した群れもあったかもしれません。

3 鳴動の聞き取り調査

 一連の鳴動(前震)の中で、私がはっきりそれと意識したのは、2月4日の朝のものが最初でした。それは、地震かどうかは判断に迷うような感じで、文字通り鳴動とでも呼ぶべき特異な現象でした。腹に響くドーンという衝撃が一回、あとは何も揺れません。なにか、衝撃波を受けたような感じでした。重いものが地面に落下したときのような感じでもあります。音が聞こえたような気もしました。人に聞くと前日の夜にも同じ鳴動があったといいます。皆さん一様にその衝撃の不気味さを感じていました。そこで、鳴動の発信場所であるらしい地区の理科センター所員数人でグループを組んで調査観測をはじめることになったわけです。
 鳴動があっても気づかれなければそれまでですし、昼間職場に行っているときは観測困難です。それでこの地域に住む何人かのメンバーの知人に、ファックス送信用紙を配布して、地震であれば揺れの程度を、そしてドーンという鳴動がわかったかどうかを返信してくれるように依頼しました。

2月上旬の鳴動を伴う地震は全ての人が気づいていたわけではありません。むしろ、知らない人が多かったのです。だから、受け取りようによっては来るべき地震を予知しているようなものでした。無用な予知騒ぎは本意ではありません。それで、ファックス送信用紙の表題は「新潟県北東部の群発地震について」として、カムフラージュをかけたものです。
 2月4日の「ドーン」から数日は何もなく過ぎましたが、2月9日になって一回、11日には二回報告が届きました。聞き取り調査によれば、調査開始以前の1月17日の深夜にもあったといいます。神戸で地震があった日の夜だったのでおぼえていたのだそうです。  

聞き取りは、地震の揺れの大きさがどうだったかという点もさることながら、揺れは感じないがドーンという単発の鳴動が聞こえたかどうかという点に主眼を置きました。
 鳴動の報告は、その後発生する本震の震央付近よりも、周辺地域の旧水原町、新発田市、旧豊栄市北部のほうから多く上がってきました。これは後でわかったことですが、鳴動が聞こえたところでは揺れが感じられないでドーンという鳴動だけだったのに対し、震央付近では反対にドーンは聞こえず、通常の地震のように揺れたらしいのです。ドーンは一種のドーナッツ現象だったのかもしれません。また、4月1日の本震以後の余震はガタガタユサユサという通常の地震の揺れで、旧水原町でも、新発田市でも、単発型のドーンという鳴動の観測報告はありませんでした。このことは、このタイプの鳴動を伴う地震が通常の小地震とは区別でき、この地域における被害地震の予知の有力な判断材料になることを意味しています。

4 鳴動は新潟地震の前にもあった

 過去に同じようなことがなかったかどうかも調べました。すると1962年〜1963年頃、新潟県旧中条町(現胎内市,新発田市より約20km北方)で、原因不明の(やはりドーンという感じの)大音響が観測されていたことが分かりました。地元の古老によればそれ以前にも何度も聞いていたそうです。しかし彼はその音を海岸に打ち上げられた機雷の処理作業だと考えていました。終戦後何度か海岸で漂着機雷の爆破処理作業があったというのです。推測の域は出ませんが、1964年新潟地震の震源域に近い新潟県北部地方では戦後から1964年頃の間に、このような大音響を響かせる前兆があった可能性があります。そして重要なのは、新潟地震の後ではこのような大音響は観測されていないということです。ただし、今回の鳴動まで。
 グループでは、この昔の大音響と今回のドーンという単発性の鳴動が同じ性質のものではなかろうかと考えました。つまり、昔の大音響は1964年新潟地震の前震に伴う鳴動音だったのではないか、そして今回のものは近い将来の地震の前兆の可能性があるのでは、と考えたのです。
 なお、後で知ったことですが、新潟地震前の1664年の早い時期、遠く離れた柏崎市でも原因不明の鳴動が報告されていました。そして、同じように地震のあとでは観測されなくなりました。こちらの方は回数が多く規模も大きかったため社会問題になったようです。これについては、別ページ鳴動の「(5)東京大学地震研究所が調査した鳴動」の項を参照してください。

5  地震データの閲覧と鳴動調査の照合

 新潟地方気象台を訪ねて、はじめて地震データを閲覧したのは2月13日のことです。気象庁暫定と呼ばれる震源要素(緯度経度、深さ、規模、時刻)とグループの聞き取り結果との照合をすることができました。
 これにより、鳴動が観測された時刻に旧豊栄市(現新潟市)・新発田市・旧水原町(現阿賀野市)を結ぶ地域内に、小規模な地震が発生していたことが確認できました。M4前後のやや大きめの地震が前年(1994年)の12月19日とこの後の3月23日にありましたが、このときは鳴動ではなく、普通の地震の揺れとして感じられました。また、M2.5以下の場合は鳴動の報告例はありませんでした。鳴動はマグニチュードM2.5〜3.0程度の地震に伴って観測されることも分かりました。


図3 1995年2月〜3月の間に使用した「前震」記入用の20万分の1地勢図。黒丸の大きさは地震の規模を表している。

 その後も数日おきに気象台に出かけて記録を調べては,20万分の1地勢図に逐次手作業で追加記入していきました(図3)。  図4 に地震(鳴動)発生の状況を日別の時系列グラフ(横軸に時間、縦軸に回数)で示します。これも地震が起こる前の2月中旬ころから作成しはじめ、聞き取り調査や地震データが入るたびに書き加えていったものです。


図4  新潟県北部での「前震」の日別グラフ.○印は聞き取りで鳴動が確認された前震。

6  鳴動は前震か

 一連の地震が群発性の活動なのか、それとも前震なのかは普通見分けるのが難しいとされています。にもかかわらず、研究グループが前震と確信したのは以下の根拠によります。
(1)前述のように,特徴的な鳴動を伴うものであった
(2)それが1964年新潟地震の前にも経験されていた
(3)M3.0程度の粒のそろった小地震を繰り返していた
(4)この地域には過去に群発地震の発生例がない
(5)地震発生地域の近傍に活断層(月岡断層)がある
(6)瓢湖のハクチョウの数が激減していた これらの一つひとつを見るだけならば、短絡的だとご批判を受けるでしょう。しかし、グループは総合的に判断しました。そもそも、あの不気味な腹の奥に響くような鳴動を聞いただけでも、普通の人はただごとではないと思うにちがいありません。しかもそれが以前に経験した大地震の前兆的鳴動や他地域での過去の似たような例と結びつけば、行き着く考えは誰でも同じになるだろうと思います。つまり、実際に前兆を体験したかどうかがこの場合は極めて重要なのです。
 さて、前震という判断にはたったものの、発生時期を明確に予測することはできませんでした。それができるにはデータが不足していました。1896年陸羽地震と1930年北伊豆地震は前触れの地震があったことで有名で、前者では一週間前から、後者では20日前から前震の活動がありました。しかし、この地域はとうにこの期間が過ぎていました。有感の前震に限っても、前年の12月中旬に数回、1月に1回、2月上旬と中旬に数回ずつ、3月中旬に数回と間欠的に消長を繰り返していました。すぐにでも起きそうな気もしましたが、場合によっては、半年くらいの期間まで考えなければならないのか、と漠然と考えていたのです。水準測量や基線測量などの地殻変動の調査を繰り返し実施すれば直前の前兆をつかめるかも知れないとも考えました。しかし、準備に手間取り、実際に水準測量を開始したのは地震後の4月中旬になってからでした。
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 鳴動現象と地震の関係をこれほど綿密に調査された報告があるのですから、「鳴動現象と地震とは無関係である」、「地震は断層が動くことである」と突っぱねるようなことは絶対にできません。
 著者は、
「鳴動が聞こえたところでは揺れが感じられないでドーンという鳴動だけだったのに対し、震央付近では反対にドーンは聞こえず、通常の地震のように揺れたらしいのです。ドーンは一種のドーナッツ現象だったのかもしれません。」

 と述べておられますが、揺れと鳴動との関係は震源の深さ、爆発の規模と向き、などによっても変わる可能性があります。よって、少なくとも、図4は深度、マグニチュードを加味して整理すると何かが分るのではないでしょうか。爆発の方向はCMT解の情報から得られますから、もう少し詳しい探求が欲しいと思います。

 次は記事にもありますもう一つの調査例、萩原尊禮先生たちがおこなった「東京大学地震研究所の調査を」を紹介します。

1921
Date: 2014-03-23 (Sun)
鳴動現象の調査研究(2)

 [1920]に続いて河内氏のサイトから、萩原尊禮先生達の鳴動現象調査の記事を紹介します。 http://www.geocities.jp/niigata_jishin/page19.html
鳴動現象に関する興味深い解説の後で、東大の調査を紹介しておられます。
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東京大学地震研究所が調査した鳴動
 新潟県の北部地方において、大砲のような鳴動音が新潟地震の前(何年前か確認できない)に観測されたという話があります。これは前述の地震直前のサーとかゴーという地鳴りとはまた違うタイプの鳴動です。ところで同じ頃、新潟地震の震源域からは南へ百キロメートルほど離れた新潟県柏崎市小清水という山村で原因不明の鳴動が観測されていました。新潟県知事から調査を委託された地震研究所は、1964年3月〜9月に萩原尊禮教授以下7名の所員を派遣し、聞き取り調査や微小地震活動の観測を行なっています。

 地震研究所が新潟県に提出した報告書によると、最初1962年7月1日の夕刻、突然大きな爆発音と同時に強い上下動を感じました。同日の夜に入って二度同様な爆発音と上下動を感じ、住民は地滑りの前兆かと大いに恐れたようです。その後は一旦おさまりましたが、約1年半を経過した1964年2月に再び発生しました。そのときの発生回数は表1の通りです。地震研究所が地震計を設置してからはまた活動がおさまりましたが、その間の6月16日に新潟地震が発生しました。問題の音響を伴う振動は1964年8月27日に二回あり地震計に記録されています。

 その結果、この音響は小清水集落の地下10km程度に発生した地震に伴う地鳴りであり、地滑りとは関係がないものと解釈されました。以上がことの顛末です。  問題は新潟地震の2年前から始まって、地震発生の3ヶ月ほど前の2〜3月にまたあり、地震前後に静かになっているという点です。実はこれは、1995年新潟県北部地震の前年にあった新潟県長岡市小国の群発地震([1920]に紹介した「予知された地震」)とほとんど同じ発生パターンで、この小清水という山村は小国とは尾根一つ隔てた隣の谷に位置しているのです。
 この地域は北方で発生する地震に先行して何らかのシグナルを出すいわゆる「地震のつぼ」にあたる地域なのでしょうか。鳴動も地震活動の一種であることはこの例からも示されましたが、鳴動=微小地震活動を「地震のつぼ」において細大漏らさず観察し、地元からの鳴動の情報などに注意していれば、地震の中期・短期予測の有効な判断材料が得られるかもしれません。


表1 柏崎市小清水で観測された鳴動の日別回数〔東京大学地震研究所(1964)を一部改変〕
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 新潟県から委託費を貰って調査した東京大学地震研究所は、地震のメカニズムを真剣に探求しようという姿勢がなかったように思われます。調査報告書がどのように生かされたのかは知りませんが、「この音響は、地震に伴う地鳴りであり、地滑りとは関係がないものと解釈されました。」というのが結論であったとすれば、残念な調査だと思います。 なぜ「地震に伴い、爆発的な音響」が発生するのか、「謎」を探求する姿勢がありませんね。
 地震に伴って、“鳴動”、”爆発音“、様々な音響があることはこのほかにもたくさんあります。唐山地震では”ウーウー“という音響を聞いたと証言されています。([109])  著者の河内さんのような”探究心“を失わない研究者を大切にしないといけないのですが、今の日本には望み得ないのかもしれません。  河内氏は、活断層に関しても、「活断層は地震の一つの結果であって原因ではありません。活断層が地震を起こすのではなく、地震が活断層という名前の地震断層をつくるのです。その意味で活断層は地震本体(震源断層あるいは起震断層)の枝葉であるといえます。」と、「定説論者」からは排除されそうな発言をされています。 http://www.geocities.jp/niigata_jishin/page22.html
反プレートテクトニクス論者の旗頭であった藤田至則先生の鬼子のような、不肖の弟子だったと述べておられますが、ある種のDNAを受け継いでおられるのでしょう。  学問の世界でも、「プレートテクトニクス」オンリーというシンギュラー性では発展しません。科学の全体主義に陥ってしまいます。発展はプルラー性(複数性)のなかでのみ、望めるのだと思います。
 氏のようなDNAを持った研究者にもっと頑張って欲しいと願っています。  

1922
Date: 2014-03-24 (Mon)
早くアメリカ渡りの学問的“洗脳”を解け!

 私の故郷は美濃の東部(東濃地方)に位置する多治見市ですが、その多治見市の地震対策編に次のような文章がありました。
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2 活断層の概要
断層は従来地震の原因ではなく、地震動の結果として地層がずれたのであるという考えであったが、近年、地震断層が発見されて、「最近の地質時代に活動した証拠があり、今後も繰り返し大地震を発生させる可能性があると判断される断層」つまり活断層が、地震発生と密接なかかわりをもっていることが明らかになった。今日では、地震予知の点から活断層の存在は特に重要視されている。
本市及び周辺には、多数の活断層が分布していることが最近のプレートテクトニクスの研究によって明らかにされているが、本市及び周辺の主なものは、次のとおりである。
(1) 華立断層(2)笠原断層(3)屏風山断層・猿投山北断層(4)阿寺断層(5)根尾谷断層
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 驚いたのは、「断層は従来地震の原因ではなく、地震動の結果」と入力して検索すると、周辺の恵那市、高山市、安八町、そして滋賀県の公式サイトがヒットし、同じような文章が並んでいることです。活断層の恐怖感が行政にもしっかりと入り込んでしまっています。

 活断層という概念などなかった昔は、地震の結果として断層ができるという、まともな話が常識であったのに、「プレートテクトニクスの研究によって、活断層の存在があきらかになった。」という迷妄の世界に引きずり込まれてしまったわけです。“洗脳教育”が広がってしまったような雰囲気です。

 プレートテクトニクス理論が生まれたのはアメリカですが、「私は洗脳されて帰ってきました。地震とは断層が動くことです。」(セミナー[1468])とアメリカからの帰朝演説で述べたのが安芸敬一元アメリカ地震学会会長でした。その安芸先生とリチャーズ氏が書いた教科書に通称「アキリチャ」と呼ばれている応用数学の本のような難しいものがあります。今では地震研究者のバイブルのようになっています。地震爆発論を揶揄する人たちは「「アキリチャ」を読んだか?頭が悪くて読めないだろう?」という雰囲気で見下した発言を繰り返してきました。

 戦争に負けるということは、これほどまでに戦勝国に卑屈になってしまうのか、と残念に思えてきます。なぜ日本にもとからあった「マグマ貫入理論」に自信を持たないのか、地震多発国家であるが故に、多くの観察結果、言い伝えなどが各地に残っていて、石本博士や小川博士らが健在だった頃はたしかに世界でもっとも進んだ「地震学」といわれていたものです。今も研究者の中には「日本の地震学は世界のトップクラス」と考えている人がいるのかもしれませんが、一般市民からは覚めた目で見られていることを知らなければいけません。
http://homepage3.nifty.com/nanamas/nana25a173.html

 「断層は地震の原因ではなく、地震動の結果として地層がずれたのである」という従来の考え方が正しいのです。アメリカから輸入された「プレートテクトニクス理論」や「活断層理論」は正しくないのです。地震の教科書「アキリチャ」の骨子はマントルが固体という“固体地球物理”という仮説を前提として成立している内容です。マントルは熔融していますから“固体地球物理”という学問の大半はナンセンスな内容なのです。  

学者も、マスコミも、そして行政官も、
早く、アメリカ渡りの学問的“洗脳”を解いてください。
 

1923
Date: 2014-03-25 (Tue)
活断層論者はソクラテスに弟子入りせよ

 これだけ長く、頻繁に「地震科学の洗脳に気付け!」とアピールしていても、「洗脳」が解ける様子がありません。気を長くして、歴史の検証を待つ姿勢でいても、この世の寿命が尽きれば、それをこの耳目で確認することはできません。

 その惧れもある年齢に達しましたので、かくなる上は、批判を覚悟の上で少し過激な発言を残しておきたいと思います。地震学とマスコミへの”警策”です。

 「原発騒動」のなかで、被洗脳学者が“英雄視”されるような空気があります。”洗脳されて帰国しました“という報告を聞いて次のように感じた、という松田時彦東大名誉教授のことです。

「私は、断層が地震の原因だと直感的に思っている伝統的な地質屋の一人でしたので、この地震学の専門家のいさぎよい「転向」声明にひそかに心から拍手を送ったものです。

日本独自の地震論から、アメリカ生まれの地震論に「転向」した安芸教授に拍手を送ったというのです。その松田先生が、“勇気ある非御用学者”だとマスコミから持ち上げられています。やがて小保方さんのような位置に落とされる時代が来るという「見通し」がないままにです。
「持ち上げられ方」の一例を紹介しておきましょう。

「はがれたベール」の一節からです。
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断層権威の警告無視

名前利用「嫌気差した」

「そういうことなら辞めさせていただきます」

77 年、東京・霞が関。柏崎刈羽原発1号機の耐震安全性を審査する場で突然、予想もしなかった発言が出た。それを、科学技術庁(当時)の原子力安全審査官だった塚腰勇(69)ははっきりと覚えている。審査は大詰めを迎えていた。
発言の主は審査メンバーの1人で東京大学地震研究所助教授だった松田時彦(76)。当時、国内ではまだ新しい学問だった活断層研究の最先端を走っていた。
1号機の安全審査を担ったのは、原子力委員会の原子炉安全専門審査会(炉安審)内に設
けられた「120部会」。塚腰の記憶では、耐震安全性を審議する分科会の真っ最中に、松田は辞意を示した。
分科会は地質や建築の専門家13 人によって構成。まとめ役の東大工学部教授だった大崎 順彦(故人)が議論を収拾しようとしたときのことだ。松田はその日以降、分科会を去った。
120部会の出席表が今も残っている。松田が最後に出席した分科会は同年5月10 日。3カ月後の8月、炉安審は「柏崎刈羽原発の安全性は確保されている」との報告書をまとめた。
■議論尽くさず
活断層研究の権威がなぜ辞めようとしたのか−。
「途中で嫌気が差したから、辞めさせてくれと言ったんです」。松田は淡々とした口調で振り返る。だが、当時の資料に辞任を示す記述はない。「(科技庁が務める)事務局から、報道機関が騒ぐので出席しなくてもいいから辞めないでくれ、と言われた」と明かす。

発端は、長岡平野西側の丘陵沿いを南北に走る活断層「気比ノ宮断層」=図参照=の評価をめぐる議論だった。
松田は当時、気比ノ宮断層北方の延長線上に並ぶ断層群の存在を気に掛けていた。断層 群と気比ノ宮が一体である可能性があり、同時に動けば、マグニチュード(M)8規模の地震を引き起こす恐れがあるからだ。 だが、断層群については調査はおろか、議論も尽くされなかったという。1号機の安全審査書では、気比ノ宮断層で起きる可能性があるM6・9の地震を考慮することが妥当と結論付けられた。
審査書には松田の主張が結論とは関係のないただし書きという形で残された。「気比ノ宮断層の北北東に同一の断層系に属する別の断層が配列する可能性は否定できない」。松田にとっては事実上、無視されたのと同じだ。 「活断層の専門家として呼ばれたのに意見を聞かれただけだった。やりがいがない上、名前だけ使われている気がした」と松田。当時の悔しさが込み上げた。
■消された記述
松田は柏崎刈羽1号機を最後に原発審査から一切、手を引いた。「研究で得た知識を必要としている人に知らせるのが研究者の役目。その夢が破れた。
松田の見解は82 年にまとまった2、5号機の設置審査でも「一連の断層と考える必要はない」と否定された後、残りの号機の審査書では記述すら消された。
中越地震直前の2004 年10 月13 日、政府の地震調査委員会は、気比ノ宮断層と、その北見で評価した」と強調する。
活断層研究の最高の知見が生かされなかった背景には、実際に物づくりに携わる工学系の専門家たちとの意識のずれがあった。
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松田先生は、このほかにも、テレビ画面を通しても“活躍”されているようです。
活断層の権威だそうですが、活断層が”ウソ”だとわかれば”ウソの権威”なのか、という話になりましょう。
どうやって”ウソ”を作り上げるかの権威だ、と後の世のマスコミは報じるのでしょうか。マスコミ(朝日)は先の大戦でも、今とはまったく違う姿勢で報道していたことは明らかです。しかし、何の反省もありません。だから、活断層に関しても、何の反省もなく、”幽霊”のようなものを恐怖させていた震学者、といって報じるのかもしれません。

 そもそも、柏崎刈羽原発で発生した地震被害は“無知に起因する人為的な地震”による可能性が大きいのです。長岡市深沢で行なわれたCCSプロジェクトによる液化CO2の圧入で地震が起きた可能性を再三提起してきております。

 地震による加速度が1000ガルを超えるようになったのは、中越地震、中越沖地震以後のことです。”人為的“に浅い場所を震源とする地震を起こしてしまったからです。その後も、”無知“ゆえに、数百ガル程度で原発施設の耐震設計をしていますが、過去最大の経験加速度で設計するとすれば、岩手・宮城内陸地震で観測された4000ガルを対象にしなければいけないでしょう。なぜ、数百ガル程度でOKしているのでしょうか。電力会社側にも、明確な回答が用意されておりません。”無知“と”無知“とが錯綜して混戦し、“コンニャク問答”の様な”言い争い”をしているように思えます。
現代でも、自分の知らないことは知らないと認識するソクラテスのような”無知の知“が必要になっているのでしょう。その”知”が科学と工学には求められるのではないでしょうか。

 松田先生には申し訳ないのですが、早くソクラテスに弟子入りしていただきたいと思い、過激なコメントを書いてしまいました。
 ただし、ハイエクが「(ソクラテスは)日本では、どんな人に相当するだろうねぇ。現代には私(ハイエク)が生まれているから、いないね。」と言っているので、現実にはソクラテスに弟子入りできないのが、残念です。

1924
Date: 2014-03-25 (Tue)
地震爆発論学会としてのQ&A

 数日前に地震爆発論学会に参加してくださった方から、ご意見ならびに質問が届きましたのでQ&Aの形式で紹介します。
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Q1:  地震のシステムとして、解離した酸水素ガスの爆発説は正しいと考えますが、マントルを流動体とするのではなく、マグマの流れ、つまり河があると考えるべきではないでしょうか。(もちろん、マントルも個体の核という概念は否定します)

A1: マントルが熔融していることは地震波形を吟味することで明瞭になると思います。
参考:http://www.youtube.com/watch?v=Uxiy2AYRnIU
マントル物質、つまりマグマが流れている証拠となるのが、深発地震面と言われているものです。河というよりも面的な広がりを持つ“海流”のようなものでしょう。ただし、結合水が解離水に全て置き換わった深部(日本付近では600〜700km前後)では、地震(爆発)は起きなくなります。それでも、マグマの流れはまだ存在しているでしょう。
 参考:http://www.youtube.com/watch?v=RIzWS5cyP5w

Q2: 酸水素ガスから水蒸気爆発への流れが説明されていません。

(1) 酸水素ガスとマグマが接触して
(2) 爆縮後に形成される水とマグマが接触し水蒸気爆発を引き起こす。
(3) 爆縮による酸化熱が水蒸気爆発の爆風にのり火砕流となる。

(1)から(3)までの連鎖が火山活動ではないでしょうか。富士山も同じ火山活動で 外輪山をともなうカルデラ火山です。 新宇宙概論による地震の原理
http://blogs.yahoo.co.jp/up5ch6/folder/1066389.html
A2:  おおむね石田理論と同じ考え方だと思います。しかし、(2)の内容で、水蒸気爆発に関してはまだまだ解明されるべきことがあり、 物理化学の専門家に探求をお願いしたい内容です。私には水蒸気爆発の詳細がいまひとつ把握できていません。水蒸気爆発というのは、 液体から気体への気化爆発だと思うのですが、臨界状態にある場合でも、気化爆発があるのかどうか、知識がありません。 酸水素ガスの爆縮によって形成される水は、すでに水蒸気になっているはずで、それでも水蒸気爆発があるのかどうか分りません。いずれにしても、超臨界状態における爆発現象に関して、 物理化学の専門家に詳細な検討をお願いしたいのです。

 何年か前に、爆発の専門家(「蒸気爆発の科学」の著者である高島武雄教授)に、マグマの爆発に関して教えを請う手紙を出したのですが、 教授も良く分からないというお答えでした。そこで、今のところ、地震つまり爆発(Explosion)の引き金になるのが爆縮(Implosion 酸水素ガスの着火)で、 それによって、平衡を崩したマグマ溜りが「平衡破綻型爆発」としてボイラー爆発(Explosion)のようなものを起こしているのだろうと解釈しています。

酸水素ガス(酸素と水素の混合ガス、爆鳴気)の爆発は水素のみ、酸素のみの場合とまるで違い、大音響を発することが、小さな風船を使った実験でも分ります。 参考のために紹介します。地震爆発が酸水素ガスだけの爆縮だとすれば、押し引き分布が説明できないために、上のように爆縮と爆発がほぼ同時に起きていると推定しています。 そのため、地盤が耐え切れなくなると”断層”が発生します。”断層”は爆発と爆縮の結果できる産物で、 断層が動いて地震になるのではありません。それは因果関係が逆転しています。
地震と火山噴火は同じ現象であると、フンボルトは考えていましたが、蒸気爆発とどのように関連しているかまでは突き止めていません。石本、小川両博士の「マグマ貫入理論」も、貫入のエネルギーが何かまでは突き止めていません。

火山や地震の原因と爆発との関連は蒸気爆発の専門家にも、良くは分からないのが実情のようです。

  (3)はその通りだと考えています。火砕流の熱は酸化熱だと思います。
[102]、[104]で火砕流の話題を取り上げています。

「新宇宙概論による地震の原理」についてはまだ未読です。あしからず。  

                 地震爆発論学会 石田昭
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追記:
コメント1
リンク先にある[地震は爆縮と爆発の連鎖である]
の記事で、最初の文章、「地球人は論理の歪みを宗教で乗り越えて唯物史観的科学を構築している」については理解不能です。宗教を揶揄するのは感心致しません。
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新宇宙概論(http://www.link-21.com/space/

*プレート理論を否定した石田理論の解離した酸水素ガスの爆発説は正しいが、その他の地球科学を前提に論理展開しているから論理に歪みが生じてしまう。地球人は論理の歪みを宗教で乗り越えて唯物史観的科学を構築しているが、宇宙の科学はシンプルであり論理的的整合性をもち論理は帰結する。
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コメント2 新宇宙概論にある地震現象の定義(?)には「論理の歪」があるように感じます。分ったようで、分っていないのでは?
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http://www.link-21.com/space/c007.html 地震現象は、地殻内の閉じられた空間で、マグマの熱で水が解離した酸水素ガスが充満してマグマと接触することで爆縮反応が起きて、爆縮で再生された水がマグマと接触して起きる水蒸気爆発により地殻が振幅する現象である。
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コメント3 マスコミの姿勢には改めて欲しい点がたくさんありますので、NHKの籾井会長には頑張ってNHKだけでなく、マスコミ全体の改革を断行して頂きたいと、応援しています。今までは受信料拒否をしたいくらいでしたが、新会長になって応援のためにも払う気になっています。豚扱いは失礼です。

1925 
Date: 2014-03-26 (Wed)
ワシントン州オソでの地滑りとシェールガス採掘の関係は?
アメリカのワシントン州オソでの地滑りで、「小さな地震のような音」が聞こえたという報道があります。
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http://www.afpbb.com/articles/-/3010920?pid=13389871

【3月25日 AFP】(一部更新)米ワシントン(Washington)州で22日に発生した大規模な地滑りで、24日に新たに6人の遺体が見つかり、死亡が確認された人は14 人になった。現地の保安官が明らかにした。目撃者らは、「小さな地震のような音」がしたと話している。

 地滑りに襲われたのは、シアトル(Seattle)の北にあるスノホミッシュ(Snohomish)郡の山あいの町オソ(Oso)。当初行方不明者は18人とされていたが、後にその数は大幅に増えて108人になった。

 同郡のトラビス・ホッツ(Travis Hots)消防署長は「非常に厳しい状況だ。生存者を発見する望みはまだ捨てていないが、22日から生存者は一人も見つかっていない」と述べた。

 非常事態管理当局の責任者ジョン・ペニングトン(John Pennington)氏は、108人というのは所在の確認が取れていない人数であって、実際に地滑りに巻き込まれた人の数とは一致していない可能性もあると強調した。また、地滑りに見舞われた地区にはさまざまな形態の住宅が合わせて49軒あったが、地滑りが起きた22日は土曜日だったため、平日よりも多くの人が住宅にいた恐れもあるとしている。
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次の動画で、3分ごろに地滑りの現場映像があります。

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[1924]で紹介したサイトでも「この地滑りは地震です」と紹介しています。地滑り後の形状を見ると通常の地滑りとは様相が違うのが分ります。
この状況は、岩手・宮城内陸地震で荒砥沢ダム上流で発生した崩落に良く似ています。

長野西部地震で起きた御嶽山の山体崩壊([539]参照)と同じ原因、
つまり噴出するガスが地盤を粉体化させて、
粉体流あるいは、岩屑流として流下させたことが推定されます。
[1429]にあるセントヘレンズ山の崩壊がその例であります。([1435]参照 )

荒砥沢の崩落は、震源付近から突き上げられるような爆発を受けて高い加速度のもとに崩落したのではないかと推定しています。

 今回のアメリカの地滑りも、荒砥沢ほどの大崩落ではないにしても、降雨によって地盤が弱っていたために、小規模の地震爆発で浮き上がってしまったのではないかと思われます。セントヘレンズ山の崩落、や御嶽山西斜面の崩落のような大規模の爆発的破壊力による崩落ならば、もっと大きな地震による被害などが発生しているはずです。

 私が心配しているのは、「これは地滑りじゃない。山が半分崩れ落ちてきたんだよ。」という声にもあるように、単なる地滑りではなく、シェールガス採掘に伴う地震によって引き起こされた災害ではないのかということです。採掘にはフラッキングという水圧破砕を掛けるのですが、同時に使用した薬品を含む廃液を地中に圧入するときに地震を起こすことは良く知られているのです。

   このセミナーでも再三シェールガス採掘に伴う危険性を指摘してきました。今回の地滑り現場と採掘現場の位置関係など不明ですが、慎重に調査されるべきで、シェールガス採掘を慎重に行なって欲しいと思います。同じ危険性があることがCCSプロジェクトに関しても言えるのです。 マスコミに載らない海外記事から、一部を紹介します。
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2013年7月19日 (金)
ジョシ・フォックス『ガスランドII』、 水圧破砕と地震の関連、天然ガス業界の心理作戦活用を語る
Democracy Now!

2013年7月12日、金曜日

科学者達は、天然ガスフラッキングという論議の多い手法、つまり水圧破砕は、これまで考えられていた以上に遥かに強大な地震を引き起こしかねないことを警告している。水圧破砕では、頁岩を破砕して、天然ガスを放出させる為、何百万ガロンの水、砂や化学薬品を、地下深く注入する。木曜日『サイエンス』誌に発表された、世界でも主導的な地震研究所の一つによる新たな研究は、水を地下に注水すると、そうでなければ、地震がおきやすいわけではなかった地域でさえ、危険な地震を引き起こしかねないと警告している。アカデミー賞にノミネートされた監督ジョシ・フォックスが、大いに絶賛され、水圧破砕に関する全国的論争を巻き起こしたドキュメンタリー映画『ガスランド』の続編を発表した頃、新たな報告が出された。新しい映画『ガスランドII』は、ガス業界と政府が、天然ガスを、清潔で安全な石油の代替品として描きだしているのは、かなり疑わしいことを暴露している。彼は、掘削会社が、何人かの元軍隊の心理作戦、PSYOPの専門家をスタッフとして雇い、掘削反対者達に対抗するため、ペンシルベニアで、彼らの知識を活用していることを認めていることも描いている。「大いに失望するのは、アメリカ大統領は、進み出て、気候変動について語り、問題に取り組もうという明白かつ率直な願いを示しているのに、水圧破砕で得るシェール・ガスを強調することで、この計画は、全くまずい計画となってしまうことです。」水圧破砕・ガス採取サイトから放出されるメタンの方が、他の温暖化ガスよりもずっと強い効果があることを挙げて、フォックスは語っている。「石炭から、水圧破砕で得るシェール・ガスに切り換えても、気候温暖化に対する利点など全くありません。ですから、計画というのは、いかにして化石燃料を止め、代替エネルギーに移行するかというものであるべきです。」
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 今回の災害は記事にあるように、「108人というのは所在の確認が取れていない人数であって、実際に地滑りに巻き込まれた人の数」はもっと多いのかもしれません。また、自然災害である面とともに、”無知”ゆえに引き起こした"人災”という面もある可能性があります。

東北大震災も、“無知”が引き起こした大災害であった可能性が高いのです。

追記:
オソという町の位置と、アメリカのシェルーガス層の位置を調べてみました。

災害の現場は西海岸に近く、シェールガス層はもっと内陸部のようです。よって、シェールガス採掘の影響はないと判断されますが、自然地震が起こした災害である可能性は消えないと思います。この地がRING of FIREという環太平洋火山帯に位置していることは明らかです。

1926
Date: 2014-03-26 (Wed)
シェールガスの採掘で地震が起きる理由を拡散してください
シェールガスの採掘が地震を誘発することはこれまでに[1851]、[1852]などでも述べてきました。
たくさんの人が地震誘発を証言しているのですが、地震発生の真相を知らないがために、また地震学者とマスコミが『地震爆発論』を取り上げないがために、右往左往しているような状況です。
地震の真相の詳細は、 『巨大地震は「解離水」の爆縮で起きる!』(工学社)を読んでください。そして地震爆発論を拡散していただきたいと思います。  地震誘発に気付いている報道の一部を拾ってみました。

@シェールガス採掘が群発地震誘発か:アメリカ・オクラホマ州
アメリカ地質調査所(USGS)のデータによると、オクラホマ州で発生したマグニチュード3.0以上の地震は、1975年から2008年までは年平均1〜3回程度発生していた。だが、2009年以降、その平均発生回数は年約40回に増えている。

USGSは、10月22日(米国時間)に発表したリリースの中で、この「群発地震」の急増は自然に発生した現象ではない可能性が高いと述べている。 「われわれは統計的な分析により、最近になって地震の発生頻度が変化したことを確認した。この変化は、自然な地震活動率で通常見られる不規則な変動によるものではないと見られる」と、USGSの地震学者ビル・ライス氏はリリースの中で述べている。「これは、自然に起こる群発地震をモデル化したときに通常観測されるものとは大きく異なっている」

USGSは、これらは「注水誘発地震」である可能性を示唆している。注水誘発地震とは、石油や天然ガスの採掘に伴って、水などの液体を地中深くに注入することで発生するとされる地震のことだ。具体的には、シェールガスを採掘するための水圧破砕(フラッキング:水圧によって地中の坑井に人工的に大きな割れ目をつくってシェールガスを採取する技術)の際の注水や、採掘過程で生じた廃水の地中への注入などが指摘されている。

水圧破砕や、廃水の地下廃棄については、どちらもその安全性が激しい論争の的となっている。高圧液体の注入と、地震を誘発する断層との関連は明白ではないものの、関連性を指摘する声は多く上がっている。

オクラホマ州プラーグでは2011年11月、マグニチュード5.6の地震が発生した。この地震は、同州でこれまで記録された最大の地震であり、約1300キロメートル離れたウィスコンシン州ミルウォーキーで揺れが感じられるほど大きなものだった。14戸の家屋が倒壊し、高速道路にひびが入り、2名が負傷した。コロンビア大学の研究チームはこの地震について、石油採掘と関係した廃水の注入を原因とした最大規模の地震である可能性がある、と結論付けている。

Aアメリカ経済再生の切り札 シェールガス開発の波紋
シェールガスの採掘現場では、フラッキングの際に出る廃水を地中に投棄しています。
その結果、地震が誘発されていると指摘されているのです。
オクラホマ州、中部の町、プラーグです。
一昨年(2011年)11月、マグニチュード5.6の地震が発生。
住宅にひびが入るなど、400棟の建物に被害が出ました。
これほど大きな地震はおよそ60年ぶりでした。
こちらの家は地震でゆがみ、壁がひびだらけ。
修理には500万円ほどかかると診断されました。
しかし、費用が高く業者に修理を頼めないままです。
住民
以前は全く起きなかった地震が、ここ数年は頻発するようになっています。

アメリカ地質調査所は、一昨年、アメリカ中西部で起きたマグニチュード3以上の地震が10年前に比べ、6倍になったと発表。
シェールガスの採掘との関連性を指摘しています。

アメリカ地質調査所 アーサー・マクガー博士
「採掘にともない、出てくる廃水を地中に捨てることで地震が誘発されたと示す証拠があります。
地震専門家の間ではオクラホマの地震は採掘により誘発されたと考えられています。

Bシェール・ガス開発に伴う環境破壊、特に誘発地震を懸念する
しかしながらシェール・ガス開発における最大の懸念は地震だ。

地震とは無縁の土地に地震が発生するに原因は、巨大ダムの建設や地中への注水が最大の要因である。巨大ダムは誘発する地震の事例として有名なのは1936年に竣工したフーバーダムの事例だ。コロラド川上流に建設されたダムは高さ154mに達する巨大ダムだ。フーバーダムは米国の水利権を有するされる陸軍工兵隊が建設したのだが、ダム建設後の周辺地域では地震が発生するようになった。今まで地震とは縁のない土地柄なのだが、原因はダムにあるとされ、最大震度はマグニチュード5.0を記録している。他の記録としてはフランスのモンティナールダム。高さ130mで最大震度は4.9。インドのコイナダムではなんと6.4を記録している。

地中への注水が引き起こす地震の事例は、今から丁度50年前の1962年、例の米軍の陸軍工兵隊がデンバー近郊の3671mという深度に、多分、核施設ロッキーフラッツなどから出た軍用廃水液を注水した事により、デンバー地域全体で群発地震が発生している。この現象を受け米国地質学研究所が調査に乗り出した。コロラド州にあるランジェリー・ガス田における調査(1969年から1973年)によると地下への注水を中止する群発地震は終息に向かい、注水を再開すると地震が再発するという相関関係を見いだしている。当該地域における最大震度は4.9を記録している。マグニチュード2以上の地震は殆ど発生しない地域なのに… このような天然ガス田や石油採掘においては生産量を増やす為には、地下に注水する方法が多用されるが、これが群発地震を誘発する要因となっている。因にバッテル研究所の研究報告によれば、地下注水による影響範囲は最大20kmに達すると試算している。

日本でも地中への注水が群発地震を誘発する事態が発生している。石油公団と帝国石油によるCO2注入と水圧破砕実験をトリガーとする中越地震と前後の群発地震発生だ。これは明確に人災だが経済産業省は否定しているが、原因は明白。
帝国石油は、2003年7月から2005年1月までCO2の地下貯留実験を南長岡ガス田の地下1100mの帯水層で実施した。CO2の注入圧力は、何と19メガパスカル。これで地下で異変が発生無い事は考えにくい。まったく愚かな行為だ。地球温暖化なんて嘘なのに〜 2004年にはいると長岡など中越地域で群発地震が発生するようになり、同年10月23日には、ついに中越地震が発生。その後、中越地震が終息しつつあった2006年10月に帝国石油は、水圧破砕の実証実験を、地下4000m、2200トンもの水溶物を、度肝を抜く93メガパルカルで注入した。これが要因となり2007年7月16日、中越沖地震が発生し、東京電力の柏崎刈羽発電所もにも被害をもたらす人災地震が発生している。この水圧破砕実験は南長岡ガス田から日本海にいたる北部ガス田の効率的開発技術開発を目的としたものであったが、支払った代償は極めて大きなものだった。
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地震は断層が動くことで発生するのではない、
水が熱解離して発生する水素が爆発することで起きる、
シェールガス採掘とか、CO2を地中に貯留するという作業は危険である、
などを、各自のブログで急いで拡散してください。

このサイトはどこもリンクフリーです。

1927
Date: 2014-03-27 (Thu)
 CMT解の正しい解釈
 石田理論についてネット上で次のように書き込んでいる人は、大学で「地震学」を学んだことのある方でしょう。既成の間違い理論が頭に入っていて、地震爆発論を弾いてしまうのだと思われます。
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http://www.asyura2.com/10/bd59/msg/652.html
その理論の提唱者は、幸福実現党の石田氏ですね。 通称、石田理論、ANSなんとかと呼ばれていますが、実証データもないお粗末な空想理論です。 真偽はともかく、一部熱狂的に支持されていますが、地学研究者からは全く相手にされないトンデモ論です。 Wikipediaにすら登録されていない、ローカルネタです。
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http://archive.jisbbs.com/1211/article_190276.html
地震爆発説(いわゆる石田理論)信じている方って多いのかしら? あの仮説って、読めば読むほど矛盾だらけなんどけどなー、何で信じる人が居るのか不思議ですね。
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空想理論を信じる方から、空想理論呼ばわりされるのは“片腹痛し”というものです。

 二十年以上も昔のことになりますが、土木工学関連のある研究集会で島崎邦彦先生からCMT解の解説を受けたことがあります。力学をベースに考える土木技術者にとっては物理現象との結び付きが理解し難いものだなと感じたのを覚えています。  CMT解の概念は各地の地震計でキャッチされる地震波の初動(押し、引き)の出所を震源を中心とする震源球の上に引き戻して表示しようとするものです。

 しかし、石本博士らが考えていた「押し」、または「圧し」(Compression)と、「引き」(Dilatation)の意味が、まったく逆になって使われています。 石本先生は”押し円錐”の内部が震源から離れる動きで「押し」、それ以外の周辺は震源に引き込まれる動きで「引き」と定義していました。今の気象庁の解説では震源から離れる動きを「張力:T」、逆の動きを「圧力:P」と表示しています。言葉の意味、物理的な概念がまったく逆転してしまっています。爆発で押される動き張力で引っ張られる動きと置き換わってしまいました。 張力軸とか圧力軸という概念は誤って使用されています。
地震学を物理的概念から遠ざけて、魅力のないものにしてしまっていることが、発展を阻害しているのでしょう。未知なるものを探求するという学問の面白さを捨ててしまっています。石本先生の「地震初動方向の分布に関する考察」は[1474]に紹介してあります。

 気象庁は地震が起きると直ぐにCMT解を発表し、圧縮軸がどっち向きで、引っ張り軸がこっち向きだった、とかの議論をして、地震の“メカニズム”が分かったという“振り”をしています。しかし、CMT解では本当の意味での地震のメカニズムなど何も分かっていないのです。地震の記録から、機械的にCMT解なるものが弾き出されますが、物理現象との関係はまったくデタラメです。圧縮軸とか引っ張り軸とか名付けているのは、妄想から出たものにすぎません。

 3月14日に発生した伊予灘の地震に関して気象庁が発表したものを紹介し、地震学者たちの理解が間違っていることを解説します。

   
------図―1 2014年3月14日の伊予灘地震-------------------石本先生の頃からの初動の”押し”と”引き”の意味------
 地震が起きたのはフィリピン海プレート(石田理論では単に熔融マントルの流れと見る)の潜り込みの先端部(深さ78km)となっています。CMT解は図ー2のように、「東北東―西南西方向に張力軸を持つ型」と発表されています。これは、図ー3に示す横ずれ断層型という形式の張力軸を数十度傾斜(西南西上がり)させたものに相当します。軸が水平ならば、Tで表示される網掛け部分が二つ同じ大きさになるのですが、軸が傾斜しているので、このようなCMT解になるわけです。しかし、この張力軸というものは物理的には存在しない架空のものです。

-------図ー2 気象庁発表のCMT解---------------------------図ー3 CMT解と断層の関係------------
 さて、このCMT解の解釈ですが、引っ張り力が強かったのでも、圧縮力が強かったのでもありません。“逆断層は圧縮力が卓越している”とか、”正断層は引っ張り力が卓越している”とかの“解説”がなされますが、とんでもない誤解です。CMT解からそんな結論は出てきません。CMT解で地震のメカニズムが分かったなどと云うのは妄想です。

 では、CMT解は何を表しているのでしょうか、説明します。


図―4 地震爆発論での地震発生機構説明モデル、押し円錐理論3次元模型 
図ー4は地震爆発論の解説に使う“押し円錐理論”の三次元模型の写真です。赤色部分が”押し領域“(震源から遠のく動き)、青色部分が”引き領域“(震源に近づく動き)を表しています。今回の伊予灘地震は、押し円錐の軸が西南西上がりになっていた、つまり、西南西方向の上向きに地震・爆発が起きたということを意味します。断層という亀裂は巨大爆発の結果として”押し領域“と”引き領域“の境界にできる”断裂“という産物です。小さな爆発では当然ですが”断裂“は発生しません。図ー4の3次元押し円錐模型を地表面まで延長し、地平面と交わる水平面で切断したときに、断裂がどのように見えるのかを区別して、断層の形を”〜型“と分類しています。しかし、力学的な意味はまったくありません。単なる「傷痕」の形状を分類しているだけです。

 東北大震災の後に、プレート境界(プレートというもの自体がナンセンスですが)の外側で、アウターライズ型地震が発生するとかいう話があり、“巨大地震の後でプレート上面にも、下面にも引っ張り力が働くようになったからだ”というような議論があります。プラスティックの板を曲げると表面にクラックができることをイメージさせて、引っ張り力が”正断層”と関係しているのだと教えています。まったくのナンセンスな話です。

  
-----アウターライズ地震の概念は力学音痴を示しています-----------伸長型とか圧縮型とかも力学的概念とは無縁です-------
 断層の形状は爆発の向きによって決まるものであって、”引っ張り力”とか”圧縮力”とは無関係です。CMT解がまったく意味のないものだとは言いませんが、その解釈はまったく“非論理的”であると言わざるを得ません。

 最初に紹介した「あの仮説って、読めば読むほど矛盾だらけなんどけどなー、何で信じる人が居るのか不思議ですね。」と云う言葉は、書き込んだ「定説信奉者」にそっくりお返しいたします。

同時に、地震爆発論学会への入会申し込みには次のようなコメントもあることをお知らせしておきます。
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「巨大地震は「解離水」の爆縮で起きる」を読み、真実に極めて近いと確信しました。 3.11人工地震説を信じていましたが、自然に爆発が起きるとなると見方が変わります。色々勉強させていただきたいと思います。
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今の今まで騙されていたことに愕然としています。
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1928 
Date: 2014-03-28 (Fri)
故・安芸敬一教授の”洗脳”から脱出せよ
 CMT解とは、震源球の上に並んだ“押し(黒丸)”と”引き(白丸)”をある手法で平面状に表記したもののことです。

[1022]参照CMT解は地震現象の理解を不可能にした
震源というものを想定しているのに、広大な震源断層、あるいは震源域というものをも想定できること自体に”洗脳“の疑念を抱いてしまいます。善意に解釈しても“センスの悪さ”を感じます。これはすでに[114][1214]などでもコメントしていますが、今から35年も前に、井尻正二先生が発した疑問です。地震学者はそれに答えることなく、”洗脳路線”を走ってきたのです。

 井尻先生の「プレートが沈みこんだのなら、震源は恐らく「線か面」で書いてもらわないと具合が悪いのじゃないかと思うのです。それが必ず×印の「点」で出てくるのは、なぜだ?」という疑問は、多くの方が抱く当たり前の疑問です。

 私は井尻正二先生の政治的な信条を支持しているわけではありませんが、地学、地震に関する考え方は、アメリカナイズされた安芸敬一先生より”真っ当な”ものだと思っています。安芸先生の評価は現在非常に高いものがあり、ウィキペディアには次のように紹介してあります。

「現代の地震学の基礎を築いた科学者の一人である。地震はマグマや熱が原因であるとする考えが日本で支配的であった1961年春の地震学会で「私は洗脳されて帰って参りました。地震は断層です。」と転向を発表した。」

 しかし、私は先生の洗脳がそのまま現在、日本の地震学に伝染していると思っています。なぜなら、教授の弟子とも言えるような人たちが、日本の地震学のトップを張っているからです。勿論アメリカに留学しても、アメリカも洗脳されたままだから、洗脳が解けるはずがありません。MITの安芸教授研究室で撮ったという写真に写っているのは、大震法成立の機縁を作った石橋克彦氏であり、[1899]に紹介したリバティー誌にも影響を与える川崎一朗氏であります。

”洗脳“の実態、または”非科学的思考法“を防災科学技術研究所の サイト上にある「発振機構とその表現法」から検討してみます。以下に抜粋して紹介します。
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 まず、震源を中心とする小さな球(震源球)を仮想する。観測点に至る波線を逆に辿って、波線が震源球を切る点に、観測された押し・引きを記入する。波線を辿るためには、地下の地震波速度の3次元的な分布が分かっていなければならない。実際には、真の速度分布に近い速度構造モデルに基づいて、この計算が行われる。

 各観測点のデータについて同様の作業を行うと、震源球上には沢山の黒丸と白丸がプロットされることになる。ここで、地震はダブルカップル震源であることを思い起こそう。黒丸と白丸は、震源を通る2つの直交する節面で、きれいに4つの領域に分かれるはずである。これを指針として、データに最もよく適合する節面を決定する。このようにして得られた節面のセットを地震の「発震機構」、または「(震源)メカニズム」という。
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 ここに、はっきりと、現代地震学の”非科学性”、”欺瞞性”が見て取れます。 まず、「波線を辿るためには、地下の地震波速度の3次元的な分布が分かっていなければならない」とありますが、現実には分布が分っていないわけです。それで、モデルを設定して波線をたどるという“不正行為”をやっています。 次に、「地震はダブルカップル震源であることを思い起こそう。」といっていますが、ダプルカップル震源という不確かなものを”事実扱い“するという”不正行為”があります。

さらに、「黒丸と白丸は、震源を通る2つの直交する節面で、きれいに4つの領域に分かれるはずである。これを指針として、データに最もよく適合する節面を決定する。」というトンデモない”不正行為“、”非科学的作業“が行われています。「きれいに4つの領域に分かれるはず」というのは思い込みで、分かれないケースがありますが、気象庁発表では、単に「綺麗に分けられなかった例」として表示されています。分かれないのは、マグマ溜りの形状によっては[1653]、[1657]で紹介したように”引き円錐“になる場合だってあるからです。マグマ溜りの形状によって爆発の様相は変化します。

 どこかで「石田理論は“震源球”も理解できないようだ」と揶揄する書き込みを見たのですが、”洗脳“されると、白黒がまったく反対のように見えるものなのでしょう。現に、[1927]で述べたように、黒丸(押し)と白丸(引き)の意味が逆転して理解されています。    

つまり、[1468]で紹介した”安芸敬一先生の洗脳“が、そのまま日本の地震学全般の"洗脳"に繋がっています。そこから抜けるには、カリスマ的存在であった先生の著した地震教科書”アキリチャ“を否定することから開始するべきでしょう。そして可能ならば、あの世の安芸先生から”こちらに帰って洗脳が解けました“という報告を聞きたいものです。

後記: 私は2006年の時点で([1214]にあるように)、

「地震学は28年前の井尻先生の「まだ仮説にすぎない板説(プレート説)を、あたかも真理のようにのべていますが、これは大きな間違いです。」という警告を無視して横道・・・邪道に進入してしまったように思えてならない。」

と書いています。あれから、8年、まだ”洗脳”路線を走っています。”この先は崖ですよ”と誰かが大きな声を上げて、”洗脳”を解かないといけません。


NCGTのニュースレターNo.55 より
間違った地震学によって教育された学生たちがどんな発言をするかは、2chを見ると良くわかります。 無名性を良いことに、品性に欠ける書き込みをしています。そのうち見下すような声も消えるだろうとは思いますが、記録の一部について、リンクを張って残しておきます。
http://desktop2ch.tv/earth/1213833033/
http://unkar.org/r/eq/1187914799

1929
Date: 2014-03-29 (Sat)
後世のもの笑い、または高笑い
 こんなことは、初めから分った事です。税金を使って馬鹿げた騒動をやったものだと、後世の“もの笑い”になることを断言します。
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もんじゅの敷地内断層「活動性なし」 原子力機構が最終報告
産経新聞 3月28日(金)18時34分配信

 日本原子力研究開発機構(原子力機構)は28日、高速増殖炉原型炉「もんじゅ」(福井県)の敷地内破砕帯(断層)について「活動性はない」と結論付ける最終報告をまとめ、原子力規制委員会へ提出した。

 報告によると、原子炉直下に延びているとされる断層について、活動性を示す兆候は発見されなかった。また、敷地内断層が、敷地西側にある活断層「白木(しらき)−丹生(にゅう)断層」の影響を受けて、将来的に動く可能性も認められなかった。

 原子力機構は昨年4月、「活動性はない」とする調査報告を規制委へ提出。現地調査を行った規制委から「データが不十分」などの理由から、追加調査を指示されていた。
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活断層なるものは存在しないのですから、「綿密なる調査の結果、幽霊が暴れて原子炉を破壊する危険性がないことが分った」と言っている様なものです。

 他の原発サイトでは「幽霊が建屋を破壊するかもしれない」という結論が出る可能性があるのでしょうか。笑止千万”とはこの騒動のことです。 活断層の存在を否定しなかった地震学者、存在を煽ったマスコミの記者、存在を信じて原発反対のデモに参加した人、多くの人が、”もの笑い”の対象になることを覚悟する必要があります。

その日がきたら、みなさん
大いに笑ってください。
地震爆発論学会の皆様は、
胸を張って見識の高さを誇れるでしょう。
 将来は見識の高さを、取得した段位が証明する時代になるのかもしれません。段位の取得のために今から爆発論を学んでおくと良いかも知れませんね。今年は地震道初段を狙い、来年は二段に挑戦とか・・・(笑い)  もしかすると、地震に関しては学者に聞いても何も分からないから、地震道の有段者に聞くに限る・・・っていう社会になってるかもですね。(高笑い)

1930 
Date: 2014-03-29 (Sat)
アスペリティーもバリアも下山の道である
 現代地震学に疎い土木工学出身の私は、ウィキぺディアを読んで初めてアスペリティーモデルを唱えたのが金森博雄氏で、バリアモデルというものを唱えたのが安芸敬一氏だったと知りました。二人の議論を横で見てたのが石田瑞穂女史であることが、女史の文章に載っています。抜粋を紹介します。
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ダンディーな安芸敬一先生          石田瑞穂

 安芸先生について最も印象的なことは、1978年4月から1979年9月まで、カリフォルニア工科大学地震研究所の金森先生の下で再び学ぶ機会を得た時のことです。その金森先生の研究室に安芸先生がいらして、地震の起こり方に関して長時間にわたり議論されました。観客は私一人です。  ポツンと隅の椅子に腰掛けてお二人のやり取りを聞くだけだったのですが、その議論の中心は勿論、バリアモデルとアスペリティモデルです。どちらのモデルか実際の現象を表現できるかということを、様々な観測例を挙げながら延々と1日中議論なさっていました。どちらの先生も決して譲らず、一体どのようにして議論が終わったのか覚えていません。多分、夕食の時間になり時間切れになったのではないかと思います。こんなことが、数回ありました。不思議なことに、激論は戦わしていても激した態度ではなかったことです。       

  研究者の議論とはこういうものかと思いました。
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   石本博士のマグマ貫入理論は、小川博士のアイディアを採用して、“真理”という頂上へ向かう途中の道、つまり登山道を見つける作業であったように感じます。

 しかし、金森、安芸の両先生の議論は頂上から下山する道を探しているようなもので、”真理“から遠ざかって行く道ですから、どんな道だってあるようなものです。延々と一日中話していても、下山道を一本化することなど不可能です。

 因みに、アスペリティーなる概念と、バリアなる概念に関しては(どうでもいいのですが)瀬野徹三教授の解説をお読みください。

 私は“地震爆発論”は石本先生らの見出した登山道の先にあるもので、その先には頂上があると思っています。しかしながら、石本理論は完全に否定されている、というのが地震学会の見解だそうです。だから、石本理論を登山道だと見ている私は、”引き返せ”といっているのですが、誰も貸す耳を持ちません。皆がこちらのほうが正解だと、“下山道”を下っているのですから、そういう議論をする人たちと、競う気持ちはありません。したがって地震学会には属さず、地震爆発論学会を作ったわけです。

   それにしても、安芸敬一先生の影響力(洗脳力かもしれないが)は大したもです。偲ぶ会に寄せられた文章が物語っています。

後記:
大学で現代地震学を学んだ人が「石田は地震学の基礎的なことも知らない」とか「石田理論は基礎が間違っていることは確かだ」という書き込みをしているのでしょうね。大学で学ぶ地震学の基礎が間違っている、それは”地震の真相”から遠ざかる”ヘ理屈”にすぎません、ということが伝わりません。マンモスタンカーのように航行しています。「地震学の革命」ですから、時間はかかるのでしょう。

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