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721
2004/02/03(Tue) 13:01
パトロス
生物絶滅の原因
セミナー[41](http://www.ailab7.com/log/eqlog41-50.html)で、「ポールシフトが引き起こす大津波は、恐竜の死骸を吹き溜まりの落ち葉のように、積み上げたでしょう。グラハム・ハンコックの著わした「神々の指紋」には、シベリアにマンモスの墓場があることが報告されています。これも大津波による、死骸の運搬作用だと思われます。」とノリマンさんにお答えしたように、石田理論では生物の絶滅は何度も起こったポールシフトが大きな原因だとしています。ポールシフトが起これば絶滅の可能性があることは、セミナー[318]〜[320](http://www.ailab7.com/log/eqlog311-320.html)の議論の中でも話題になりました。隕石の衝突説よりも説得性があるように思っています。
722
2004/02/03(Tue) 19:03
パトロス
まだまだ続く愚かな取調べ
読売新聞ニュースによると、昨年7月に宮城県北部で起きた地震の原因は未知の地中断層にあったという報告が31日の文部科学省のシンポジウムであったそうです。

 地震研の佐藤比呂志助教授は、宮城県河南町近辺の東西約12キロの地域で、地面に震動を与え、その震動が地中ではね返ってくる様子から、地下50メートル―2キロまでの構造を調べた。その結果、地表には達していない地下の断層を確認。断層の延長線が、東北大が観測した余震分布と一致した。
 地震調査委員会は、全国の98の活断層を要注意として公表しているが、佐藤助教授は「今回見つかった断層を延ばすと、昔の地震の痕跡で、活断層でない断層とつながる可能性もある。注意すべきは、活断層だけではない。人口密集地などでは、地下構造を調べて警戒する必要がある」と話している。

以上ですが、セミナー[560](http://www.ailab7.com/log/eqlog551-560.html)、
[561](http://www.ailab7.com/log/eqlog561-570.html
で、旭山撓曲が地震の原因ではないかという疑いの話題を紹介しましたが、撓曲への嫌疑は晴れて、今度は未知の断層が存在したと言う事になったようです。
しかし、発見された未知の断層は石田理論で解釈すれば、今回の地震によって生じた傷跡であって、地震の前には無かった筈です。断層と地震の関係は、地震という爆発が原因であって、断層は結果です。定説では原因と結果が逆転しています。断層が動いて、地震になるということはないと思います。宮城北部の地震でも、未知の断層が見つかったのではなく、断層は地震の前には存在していなかった、ということだと思います。
「注意すべきは、活断層だけではない。人口密集地などでは、地下構造を調べて警戒する必要がある」と言う地震学者の言葉に従って、また人口密集地では大掛かりな調査が行われ、住民の不安を煽っていく事になるのでしょうか。[561]の表題は「何時まで続く愚かな取調べ」でしたが今回の報告で、「まだまだ続く愚かな取調べ」という感じがします。

723
2004/02/04(Wed) 13:07
ノリマン
石田理論への反応
パトロス先生、回答の必要はありませんが、石田理論への反応を記録に留める程度の意味でご連絡します。「名工大に進んだ友達も多いので・・・」と言うタイトルで例のサイトに載っておりました。

……石田先生はフィールドを歩かれた経験はおありでしょうか。
石田先生には、都城秋穂『科学革命とは何か』の一読をお薦めします。科学論というメタ議論を通過して、「モデル」という思考法について真剣に考えていただきたいからです。「石田理論」の誤謬には、単にプレートテクトニクスの是非という論点を超え、抽象度の高いモデル、モデルから事象を演繹的に予測できない論理構造の受容に伴う困難さという問題が孕まれています(その意味で、地団研/地向斜問題とも通じるものがあります)。この日記には人文系の読者も多いので、そうした方に向けて若干、解説しておくと、「石田理論」とは、超越論的な視点を必要としない工学的な思考を、時間的なスパンも空間的な広がりも大きな、つまり必然的に超越論的な視点を要求する地球科学的なモデルにあてはめようとした結果、生まれた悲劇(喜劇?)だといえるでしょう。また、ここから類推すれば、工学的な思考が人文的な知に安直に適用された際、石田理論と同様のことが生じる可能性も考えられます。あるいは、「ゲーム脳」などの疑似科学も、これと同列のものとして扱いうるかもしれません。石田先生の次のような発言は、目的志向的に対象を操作する工学的思考の存在を示唆しています。

「石田理論はHP立ち上げ時のタイトルが「大地震から身を護る法」であったことからも分かるように、悲惨な地震災害から人命を護ることからスタートしております。しかし地震爆発理論への批判が出るだろうと思われるような課題に付いて、前もって対処しておこうと考えたので、地学関連の分野にまで言及せざるを得ないようになってきています。」

またぼくが、石田理論にこれほど言及するのは、先生が名古屋工業大学の主任教授までなさった、申し分のない経歴をお持ちだからです。それは、社会的に一定の権威を帯びている。このままでは、先生が修められた土木工学という学問の信頼すら失われかねません。単にトンデモの先生をいじって遊んでいるのではありませんよ。

以上がその内容です。「超越論的な視点を必要としない工学的な思考」とは工学を見下しているような論調ですね。また本当かどうか知りませんが、「時間的なスパンも空間的な広がりも大きな、つまり必然的に超越論的な視点を要求する地球科学」とありますが、科学に超越論的視点を入れたために卯田先生の言葉にあるような寓話的なものに、石本博士の言われる「自然の科学」ではない科学に、地球科学がなってしまっているように思えます。私は地球科学も自然の科学だと思うのですが、プレート論は寓話科学のように思えてなりません。

724
2004/02/06(Fri) 20:07
パトロス
「わすれじの記」からの学び(1)
昭和20年の三河地震の体験談が綴られたHP「わすれじの記」があります。http://www.kyouiku.nrc.gamagori.aichi.jp/mikawajisin/wasureji-htm/index.htm

地震は爆発現象に違いないという確信を与えてくれる内容が満載されていますので、何回かに分けて学んでみたいと思います。

「 その日13時36分は下校途中で、ちょうど、形原橋を渡りきって幸田街道を金平に向って歩いていた。急にグラグラと揺れて立っていることができず、四つん這いになってしまった。前方をみると一直線に伸びているべき道が、まるで蛇行を見るようにうねうねと曲りくねっているのではないか。這いつくばったままぼう然と見つめていた。(中略)

そんな風に余震がしばしばおそい、何となく不気味な日々が続いていたように思う。昭和20年1月13日未明3時38分、三河地震はついに起こった。 「ドーン」と地鳴りのような音と共に、体に激しい積れを感じ、ヨタヨタと抜け起きた布団の上に箪笥がドターンと倒れて来た。(中略)「ドーン」と遠い所から地鳴りが起ると、東の海上を水平線から角度20度位の高さを南西から南東に、焔の玉が周囲を赤く染めながらかけぬけ、三ヶ根山の方角の山合いにはポーツと火の手が上るような感じに赤く染まると「ガタガタ」と地面が揺れる。この間数秒のことである。麦畑に避難してから数回海上を火の玉が走った。」渡辺君江(当時11才) 金平町稲荷5

三河地震の一ヶ月前に起こった東南海地震の様子も述べられていますが、「一直線に伸びているべき道が、まるで蛇行を見るようにうねうねと曲りくねっている」と言うのは、断層がずれて起こる現象とは思われません。地下で起こった爆発ならば頷ける現象です。

「ドーン」と地鳴りのような音と共に」・・・

「その間も間隔をおいては「ドーン、ドーン」と地震は続いていた」・・・

「「ドーン」と遠い所から地鳴りが起ると、東の海上を水平線から角度20度位の高さを南西から南東に、焔の玉が周囲を赤く染めながらかけぬけ」・・・

「麦畑に避難してから数回海上を火の玉が走った」・・・

などなど、地震爆発現象を立証するものではないのでしょうか。地すべりのような断層が動くという物理現象で生ずるものとは思えません。化学工場の大爆発をさらに規模を大きくしたような化学反応的爆発現象であることを教示しています。

725
2004/02/06(Fri) 22:48
パトロス
「わすれじの記」からの学び(2)
「地震の直前二男が目をさましたので、小便をさせて帰った妻は枕元に坐わり、乳を飲ませてさて蒲団へはいろうとしたその時「ドーン」と大音響と共にほうりあげられ、真暗の闇となって何が何やらわからなくなったという。弟と長男は反射的に蒲団の奥の方へもぐり込んだという。地震とは思わず、てっきり爆弾が落ちたと思い、長男の体をかかえるようにしてもぐったらしい。」足立彦重(当時30才、国民学校訓導) 金平町山下5の1

大地震は爆弾が落ちたのかと錯覚させるほどの衝撃があるようです。地震爆発説を裏付ける証言の一つです。

726
2004/02/06(Fri) 23:05
パトロス
「わすれじの記」からの学び(3)
「 一体何事か?米軍の艦砲射撃か、或いは爆撃か、これは大変だ。水をかけられたような恐怖の戦慄が背すじを走った。
 その時パッと外に閃光が走った。丁度写真のフラッシュか、いな光の様な感じであった。
  ピカッと閃光が走る。その光に浮き上がって白い土煙が 丁度砲弾や爆弾の煙のように舞い上がる。真暗闇にそうした異様と云うか、音とか声の交さく、時々ピカッと光る閃光は、その土埃を煙のように浮かぴ上がらせる。地震には発光現象が伴なうと申しますが、全くその通りです。電線のスパークの光だとの説もあるようですが、そんなものとは考えられません。もっと大仕掛けで、雷光と同じように見えるので地電流か地磁気等の作用によるのではないだろうかと今でも私はそう思っています。<br> とも角、この発光現象でピカッーとその辺りが明るくなる。地の底から、何万屯もあるような大きな岩石の落ち込むような音響が、ゴトゴトドーン、とてもこんな文字では表現できない無気味な音が聞こえる。遠くからドドッドドと次第に大きくなりながら近づいてくる地鳴りの音、次の瞬間、グラグラと震動がくる。こうした繰り返しが数十回。私は60回以上あったと記憶しています。
 」松井 請人(当時22才)岡山県邑久郡長船町福里233

大音響と発光現象は大地震につき物のようです。こうした現象を説明できる仮説を立てることが必要ですし、それが「自然の科学」だと思います。プレート説ではどう解釈しても、大音響の説明はできないのではないでしょうか。

727
2004/02/06(Fri) 23:15
パトロス
「わすれじの記」からの学び(4)
地 震 予 知 ?
「 あの頃、ドーン・ドーンと毎日無気味な音がしたね。戦争の最中だから新兵器の実験じゃあないだろうか云ってたねえ。
  それから、余震がくるときには、三ヶ根山の方向か、産業郡の方向が、必ずピカッ、ピカッと光ったね。雷光のようだが、雷ではないのです。
 どういう現象だかよくわからないが、地震にはつきもののようだったねえ。」(三浦町 壁谷 重治)52・1・13録音より

経験知によって的確な判断をくだして、身内を守るマヤの酋長のような存在者がいるものです。本来ならば、それが地震の専門家である地震学者の役割ではないのでしょうか。

728
2004/02/07(Sat)17:25
パトロス
「わすれじの記」からの学び(5)
「前年の12月7日の東南海地震で学校の屋根が大きく波打ったのを目撃したばかりであるが、大地があの時の屋根のようにこんなに大きくはっきり揺れるのは全くの驚きであった。

 たった今、目の前で飴のようにうねり、波打ったのは夢ではない。 その夜から2、3日麦畑の中へ藁小屋を建てて急場をしのぐ寝屋とした。
 余震も数え切れぬほど、大小さまぎまのものがひっきりなしに襲ってきた。闇の中で西方の三ヶ根山のむこうのあたりがピカッと明かるくなると、ドーッと鈍い地鳴りがして地面が揺れて来る。

我が家の敷地を南北に貫く地割れがまず目についた。直後の地割れは僅か地表で4、5センチであったが、その後の余震の度毎に大きくなり、2、3日後には大きいところで30センチを超えるほどにもなり、幼い子どもでは越えることがむつかしいほどにもなり、板を渡して通らねはならなかったのである。

 大地がこんなに簡単に圧し縮められるものとは全く予想もしなかったことである。 」足立彦重

波打つ大地、縮まる道路幅など不思議な現象です。又断層は「直後の地割れは僅か地表で4、5センチであったが、その後の余震の度毎に大きくなり、2、3日後には大きいところで30センチを超えるほどにもなり・・・」ということで、断層が動いて、地震になるという断層地震説は分が悪いように思います。濃尾地震(http://www.ailab7.com/lib_006.html#lcn006)でもそうでしたが、地震の後で広がるようです。断層は地震による傷跡であると思います。

729
2004/02/07(Sat)17:40
パトロス
「わすれじの記」からの学び(6)
「外へ飛び出した直後、父と姉は、西の空三ヶ根山上あたりに大きな青い火柱を見たと言った。火柱は、次第に夕焼けのような色に変って、三ヶ根山が噴火したか、火事がとうとう発生したかと、びっくりしたそうだ。
東南海地震以後「トーンビリビリ」と言う微震が1日に数えきれぬ程毎日のように続いた。これは、アメリカの新兵器だとか、いろいろな噂が飛んだが、父は、これはきっと大地震の前兆に違いないと他の人達にもしきりに強調していた。それは、父が以前九州へ旅した時、桜島噴火の時の状況を地元の人から聞いていてよく似ていたからだった。

  また、この地震で形原町の各所に地盤の隆起が見られた。大坪の辺りでは畑が丸く盛り上がって、大きな土まんじゅうのようだった。」小久保君江(当時19才) 形原町北古城8の1

大地震の前兆として、火山爆発と同じような前兆があるようです。地震も火山爆発も、基本的には同じ化学反応としての爆発現象であると考えている石田理論では、なるほどと頷けます。

730
2004/02/07(Sat)17:51
パトロス
「わすれじの記」からの学び(7)
「兎に角、大地震が現実にこの形原にやって来たのである。三ヶ根山を中心にして、まるで円を描くように、形原、深溝、西尾、青田、幡豆と襲ったのである。地震の前に山仕事をしていると、時々ドーン、ドーンという音をきいた。私は実弾演習か何かだろう位に考えていた。三ヶ根山頂付近に発光現象があり、三ヶ根山が噴火するのではないかなどの流言もとんだ。突然真夜中にやってきた上下動の激しい地震に、寝床から立ち上がって逃げ出そうにも畳がまるでおどつているようで立てない。倒れそうになるタンスを支えて夢中で外に出たが、裏口の戸も簡単にあかなかったように覚えている。」山 本 光 雄(当時38才) 金平町内野23

怪音と発光現象は三河地震の経験者には共通した体験のようです。地震の前からしばしば出現するということは、断層が動いて地震になると言う物理現象地震説からは説明不可能であると思います。地震は地球内部で起こる化学反応地震説でなければ説明が不可能な現象です。

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